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俺はドアを開けた。 「ハルヒ…やっぱりここにいたか。」 「 」 思った通りだった。旧校舎の、俺たちの部室に、SOS団の部室に、こいつはいた。 「 」 窓のそばに立ち、外を眺める少女。 「…ハルヒ。」 呼びかけるが、こちらを振り向く気配はない。 「おい、ハル」 「何しに来た?」 …… 明らかな拒絶。 …覚悟はしてたさ。ハルヒが、覚醒を起こしてぶっ倒れちまった時点でなぁ。言わずもがな、こいつは… 俺の知ってる涼宮ハルヒではない。窓から立ち退き、振り向いたその顔は…無機質な表情そのもの。 記憶喪失にでも遭い、俺が誰だかわからない…そんな虚無感を覚えた。 「お前は…ハルヒじゃないな。」 「 」 『最初の宇宙は無限宇宙だった。この無限宇宙には初めは創造主である神しかいなかった。 始まりもなく終わりもなく、時も空間もなく、形も生命もなかった。このような全くの無の宇宙に 神は初めて有限を生み出した。神が自らを具現化した有限…我々はその存在を 各地の神話や伝説に照らし合わせ、【ソツクナング】と呼んでいる。』 長門の言葉を思い出す。 「これまで何度も世界を破壊し、そのたびに創造してきた張本人…そうだよな?神様…いや、」 …… 「ソツクナングと、そう呼んだ方がいいのか?」 「 」 …… 「 ソツクナング か 懐かしい名前 そうだとして、あなたはどうするつもり?」 「決まってんだろ…この世界の崩壊を…!第四世界の崩壊を今すぐ止めてくれ!!」 「できない相談だとわかっていて わざわざそれを口に?」 淡々とした 冷酷な口調。 …時計を眺める。 23時56分 時間がない…!こいつを説得してる時間など…もはやない…っ! 「…力づくでもお前を止める。」 …… 「まったく、呆れる 力でしか物事を解決できない それが人間 」 ッ!! 「お前に言われたかねえよ!!これからまさに【力】でもって世界を滅ぼそうとする… お前みたいな【邪神】にはな!!もはや神ですらねえ!!」 「 今更お前がこの人間の体をどうしようと 世界の崩壊は止まらない なぜなら、私自身 ここにはいないのだから 」 「何をワケわかんねえことを…ッ!」 …… 『あたしはあくまで神の化身でしかないの。確かに人間の身に投じてはいるけど、 だからといって本来の神が消えてしまったわけじゃない。本当の神はあたしとは別に 宇宙のどこかで存在してるわよ。で、その存在が地球規模の天変地異を引き起こしてるわけ。』 ハルヒが昔言っていた。 …こいつの言うとおりだ。神はここには…いない。 「ハルヒは…」 「 ?」 「ハルヒは…元のハルヒはどこに行った!!?」 そうだ…あいつは言っていたんだ…! 『世界が滅びるったって神はそれを傍観するだけ。でも、地上にいるあたしは知っている… それによって多くの尊い命が奪われ…また、彼らの悲鳴も聞こえた。考えようによっては単なる殺戮ね。 そして、その張本人が自身であることを自覚した直後、これまで何度あたしは発狂しそうになったことか。 人間である以上、最低限の理性はもつもの。…当然の帰結よ。』 『もうね…あたしはこれ以上人々の痛みは見たくない。』 「あいつはな…見たくなんかねえんだよッ!!この世界の人間が死ぬ様なんてな…、 お前の…その体の本来の持ち主である涼宮ハルヒはなぁ!!!」 「だから何?」 「あいつ自身そんなことは微塵も思っちゃいねえ…だから、言うぜ。今すぐ…今すぐ ハルヒの人格を呼び戻せ!!お前が今やろうとしてる暴挙に…あいつはきっと反対する!!」 「 ?呼び戻す必要性が感じられない 」 「そんなこともわかんねえのかよ!!?ハルヒは…元はと言えば涼宮ハルヒは お前の分身のような存在だったはずだ…俺が言いてえのは!!!仮にも分身だと言える そいつの声を… 一方的に封殺しちまってもいいのかって、俺は聞いてんだよッ!!!!」 「この人間のことなど知ったことではない」 躊躇うことなくこいつは言い放った。冷たかった。 『本来の神はとても考えが物質的で無機的で…そして冷酷。』 「そうかよ…じゃあ、この質問にだけは答えろよ…!!ハルヒをどこにやった!!?」 「別にどこにも ただ言えるのは 彼女がこの体に意識を宿すことは二度とないってこと 」 …… 今…何と言った? 「てめぇ…!!今の…冗談じゃ済まさねえぞ!!?」 「第三世界崩壊直後、私に牙をむき 本来担うはずの神としての業務を悉く放棄してきたこの人間を、 私は許さない 存在意義を絶ったこの人間を、私は許さない この人間の本来の人格には 消えてもらう」 「……ッ!」 俺はある種の恐怖を覚えた こいつは自分以外の存在を 単なる道具としか思っちゃいない …時計を見る。 23時58分を過ぎている… 時間が…ない!!! …ここまで真剣なのは俺の人生の中で…おそらく最初で最後だろう。思考回路が焼き切れるのではないか… そのくらい俺は真剣だった。真剣に考えていた。どうすれば世界が助かるかを。どうすれば…!? とりあえず落ち着く必要がある。さっきこいつが…ソツクナングが言っていたことを思い出せ… 『今更お前がこの人間の体をどうしようと、世界の崩壊は止まらない なぜなら私自身 ここにはいないのだから』 つまり、俺が今この場で側にある椅子を持ち上げ…ハルヒ(の姿をしたソツクナング)の頭めがけ、 殴りつけたとする。その場合、ハルヒは気絶、ないしは死に陥る。だが、そうしたところで… この世界の崩壊は止まらない。 …まあ、万一にもそれはありえん話だがな…。いくら意識が神に乗っ取られてようと、 この体が涼宮ハルヒ本人のものであることは…疑いようのない事実…!!気絶ならまだいい! 誤って殺したりでもしたら…ッ!一体どうすんだ!!?そんなことをしたらハルヒは永久に帰ってこない… そんなリスクを犯すはずがない…!! どちらにせよ事態の好転は望めない。 じゃあどうすんだ!? …てっとり早いのは、宇宙のどっかに存在する神に対し…直接干渉してやること。 …… 一人間である俺が どうやって?? …時計を見る --------------------------------------23時59分 ダメだ。俺は…このまま何もせずに終わるのか!?もう世界は…どうにもならねえのか!? みんな…ゴメン… …… 『…キョン君、僕は信じてますよ。必ず世界を救ってくれる…とね。』 『キョン君…!!どうか…無事帰ってきてくださいね!涼宮さんと一緒に!!』 『何があっても決してあきらめないで。あなたならきっとできる。』 !! 俺は…みんなと約束した。できるできないの問題じゃない!!やらなきゃいけない…!! 俺は…最後まで絶対あきらめない!!…落ち着け、落ち着いてもう一度冷静になって考えてみろ…ッ! …そもそもである。 『今更お前がこの人間の体をどうしようと、世界の崩壊は止まらない なぜなら私自身 ここにはいないのだから』 この言葉がどことなくひっかかるのは …俺の気のせいか? ハルヒの覚醒、即ちハルヒがハルヒでなくなったとき。それこそが世界崩壊へのカウントダウンだった。 裏を返せば、昨日ハルヒが倒れるまでの間、そのカウントダウンとやらは起きなかったということになる。 世界崩壊は誰の意志?誰の仕業?言うまでもなく、今目の前でハルヒを操っている神そのものだ。 つまり、神はハルヒの覚醒無しでは世界崩壊は成し得なかったはず。 …覚醒とは何だ?ハルヒはどうなった? 【前時代の記憶を取り戻す。】 これは俺のみにならず、長門や古泉たちとの共通認識でもあった。 だが…今のハルヒは違う。記憶が戻ったとか、そういう次元の問題ではない。 目の前のこのハルヒには【ハルヒ】としての意識がそもそも存在していない。自我が存在していない。 それもそのはず…神がそうするよう仕組んだからである。言わば、神の操り人形といったところか。 …俺たちの覚醒認識が間違っていたのか?だが、長門・古泉が主張していたあたり、安易にそうとも思えない。 1つ仮説を立ててみる。仮に、俺たちの認識は正しかったとする。 そうである場合、今のこの現状はどう説明すればいい? …思いつく答えは1つ。それは、記憶が戻った直後、神の介入により意識を絶たれたというもの。 第四世界崩壊のためには涼宮ハルヒの意識を奪い、神の監視下、コントロール下に置く必要があった。 …要約すればこういうことだろうか。 しかし、なぜそんなことをする必要が?正常状態のハルヒを放置しておくことで、神に何か不都合でも…? 「後 数秒で地球は公転周期上、完全にフォトンベルトに突入する これで第四世界も終わり 」 …数秒だと!?すぐさま腕時計を確認し…!?もう10秒もない…!! ッ!!! くそッ!!後もう少しで…後もう少しで何かわかりそうだったってのに!!! 9 …ッ!!俺はあきらめない…!!あきらめたら…何より朝比奈さんの死はどうなる!? 俺に言葉を託して死んだ朝比奈さんはどうなる!?これじゃ単なる無駄死にじゃないか!!! 8 『たぶ…ん、この世界は…守られる…第五…世界ももう…すぐ消滅…みん…ないなくな…る』 7 朝比奈さんは…あのとき何を根拠にこんなことを言っていたんだ…!?? あのとき…彼女は何を思ってこれを口にした?? 6 …俺は、あのとき覚悟を見せつけたじゃないか 5 【この朝比奈さんが…自分のいた世界を守るのに命懸けなのなら。俺だってそうだろう…!? 状況的には全く同じはずだろう!?俺は自分のいるこの世界を、人々を、家族を、友人を、 …ハルヒを!守りたい…!!!】 4 朝比奈さんが俺の覚悟を垣間見たのだとしたら…彼女は俺に一体何を期待した? 世界の人々?家族?友人?いや…違う 3 『キョン…君…、すずみ…やさ…んを…大…切に…ね』 2 彼女の最期の言葉が それを物語っていた 1 「 」 「 」 「!?」 「…何を し 計画 計画 が あ 、あああ !? ああああああああああああああああ!!!!!!」 12月2日0時0分 第四世界滅亡 その筋書きが破綻してしまったせいか -----------神は発狂し始めた …… 俺は今 一体何をしたのだろうか …反射だ 小学校、あるいは中学の理科の授業にて、こんな言葉を聞いた覚えはないだろうか? 特定の刺激に対して意識とは無関係に引き起こされる反応……生物学的反射の一般定義だ。 熱いヤカンに指が触れ、熱い!と感じた時には、すでに指は手元へと引っこんでいた。 わかりやすい反射の一例としては、例えばこういうものがある。 …厳密に言えば、今のは反射ではないのかもしれない。まあ、この際それはどうでもいい。 …… 机にもたれかかり、必死に倒れまいとするハルヒ。だが、それも時間の問題のように見えた。 それもそのはず…麻酔を叩きこまれて平然としてられる人間など、いるはずがない。 俺は涼宮ハルヒめがけ 麻酔銃をぶっ放していた 「意識 意識がぁ っ!」 ついに立っていられなくなったのか。床に塞ぎ込み、頭を抱えるハルヒ。 …麻酔銃?なぜ俺は、この局面でこれを使用したのか? …… …なるほど、 【正常状態のハルヒを放置しておくことで、神に何か不都合でも…?】 この問いに対する答えを、俺は知らぬ間に見つけてしまっていたらしい。…逆を考えてみればいい。 記憶を取り戻したということは、即ちその瞬間において、ハルヒが神と意識を共有することを意味する。 『だってあたしは神の分身だもの。つまり、神が考えてることが同時に今あたしが考えていること。』 本人の言葉通り、ハルヒはこれから神がしようとしていることを…瞬時に把握する。 神がこれからすることとは…言わずもがな、俺たちが生きるこの世界の破壊である。 …それを知ったハルヒはどうするだろうか? 『世界が滅びるったって神はそれを傍観するだけ。でも、地上にいるあたしは知っている… それによって多くの尊い命が奪われ…また、彼らの悲鳴も聞こえた。考えようによっては単なる殺戮ね。 そして、その張本人が自身であることを自覚した直後、これまで何度あたしは発狂しそうになったことか。』 『もうね…あたしはこれ以上人々の痛みは見たくない。』 極めつけは…第一、第二、第三、第四と史実に準え、次々に世界が滅んでいく様を… 見せつけられた一昨日の夢の中で…!消えゆく夢の中で、かすかに聞こえてきた、ハルヒの言葉…! 『嫌…っ!嫌!!あたしは…こんなことしたくない…!!!!』 もはや自明であろう。ハルヒが…決してこの状況を望んではいない、ということは。 話は次の段階へと進む。 望む望まないは別とし、ハルヒの中に何かしらの強固な意志が生まれた場合… 結果として【何】が起きる?…これが最も重要である。神はそれを恐れてる。 だからこそ、神は涼宮ハルヒの自由意思を阻害すべく、彼女を自らの監視下に置く必要があった。 以前、俺はハルヒに『神をやめて一人の少女、普通の人間として生きたいと思ったことはないのか?』 と提案したことがある。しかし、ハルヒはすぐには首を縦には振らなかった。その理由というのが 『化身である以上、これからもずっと神の意志に束縛されて生きていくのは自明で…。』 という思い込みにあった。自身が好きなように生きることを放棄した、ある種の諦観とも言うべきか。 その後の俺の説得により、ハルヒは立ち直った。これまでのステレオタイプから抜け出した。 結果、ハルヒは転生という手段に打って出る。代行者としての自分を捨て、来たる第四世界で 1人の人間として----------、自身の意志で生きていくために。 『やっぱり物事ってのはやってみるに越したことはないと思ったわ…あたしの潜在能力って案外凄かったみたい。』 …試みは見事に成功した。画期的とも言える瞬間だった。 つまり 涼 宮 ハ ル ヒ の 力 の み が 神 に 干 渉 で き る 唯 一 の 手 段 俺が言いたかったのはこの一点である。 ならば、ハルヒが記憶を取り戻した状態で、万が一にも神に対する強い反駁精神を発動させでもしたら 一体どうなるか?察しの通り、神は自らの計画に支障をきたすことを…覚悟せねばならぬ事態へと発展する。 仮にハルヒのそれが潜在的なものであったとしても、第四世界の崩壊にあたって全くのイレギュラー因子が 無いとは…言い切れない。神からすれば…これほど不気味な存在もいないだろう…? 言うことを聞いてくれない自身の分身など、脅威以外の何物でもないからだ。 言うのは二度目だが、ただの凡人である俺のような一人間には 宇宙のどこかに在する神に対し、どうこうしてやることなど…できるはずもない。 だが…ハルヒには…!涼宮ハルヒにはそれができる!! …… 『キョン…君…、すずみ…やさ…んを…大…切に…ね』 朝比奈さん…ありがとう。貴方が最期に言い残してくれた言葉のおかげで…、 俺は救われました。あの言葉の意味が…ようやくわかりましたよ。 …そうとわかれば話は早い。俺がやるべきこと…それは ハルヒが【ハルヒ】として自我を確立してられる環境を作ってやること…!! その一言に尽きる。残念ながら、現在目の前にて立ち塞がるハルヒは…ハルヒであって【ハルヒ】ではない。 神の息がかかった彼女を、一体どうすれば正常な状態に戻してやれるのか!?最大の難問だった。 『今更お前がこの人間の体をどうしようと 世界の崩壊は止まらない 』 こいつの言っていることは一理ある。 例えば、俺がハルヒに対し…素手や足で殴る蹴るなどし軽傷を負わせたとする。しかしそうしたところで… それはあくまで、言葉通り軽い傷でしかない。そんな程度の低いアクションを加えたところで ハルヒが神の監視下から逃れるとは…とても思えない。依然、意識は神に管轄されたままだろう…。 かと言って、重傷を負わせれば良いという問題でもない。それこそ暴論である…。 頭を殴りつけたり等して、万一ハルヒに永久に意識が戻らなかったらどうするつもりだ…!? 仮に戻ったところで、そんな重体な体で…どこに神に対し、憤る余裕があるというのか!?? 痛みが先行してそれどころではないのは…言うまでもないはずだ。 では、どうすればいいのか?神に憑依された表層意識を払拭するには… どうすればいいのか??単に、何か強い衝撃でも与え意識を失わせればいいのか?? …もちろん、暴力手段をもって身体に重傷を負わせる手法は…論外である。 …… 『麻酔銃…ですからね。人を殺すための道具ではないんですよ。そう言えば、わかりますよね?』 俺は賭けに出ることにした。 麻 酔 を も っ て 意 識 を 絶 つ 意識が揺らぐ一瞬の隙こそ、ハルヒが現状復帰できる最初にして最後の機会。俺はそう確信した。 …ああ、自分でもわかってるさ。これは賭けってレベルじゃねえ。 めちゃくちゃだ…大博打だ…それ以外に言いようがない。 …… あまりに不安要素が大きいのもわかってる。まず根本的な問題として麻酔ごときに、果たして神に隙が 生まれるのかどうか…?仮に生まれたとして、一瞬という僅かな時間でハルヒは意識を取り戻せるのか…?? 麻酔自体の効力もいまいちわからない。軽傷と同じ部類の衝撃性ならほとんど意味を成さない。 かと言って重傷すぎても困る。深い即効性の昏睡だと、いずれにしろハルヒは戻ってこれない。 だが、今はこれしか頼れる方法がなかった。何かもっと、他に確実性のある方法はないのか!? と、何度も何度も思案した。こんな危険な橋、誰が好き好んで渡るものか…ッ!! しかし…考えに考え抜いた挙句、どうしてもこれ以外には思い浮かばなかった。 だから…敢えて俺は信じたい。これが現状における最良の手段だったと。 俺は涼宮ハルヒめがけ、引き金をひいたんだ。 …そして、先ほどの冒頭に戻る。 「ぁあ くっ っ!」 今にも意識を失いそうな少女がいた。 …… 時刻は0時1分 窓から外を眺める。…さっきと何ら変わったところはない。 まだ油断はできない。だが、一つだけ言えることがある。それは 12月2日0時0分世界崩壊 回避した 12月2日0時0分世界崩壊 確かに…回避した…!!少なくとも、この時間帯における世界崩壊は免れた…!! これはつまり、神への干渉に成功したということ。もっと言えば、神に反駁すべく ハルヒの自我が表層意識に現れ始めたという証拠。 …俺の博打も捨てたもんじゃなかったらしい。 …… 古泉がくれたこの麻酔銃。結果として、俺は朝比奈さんは救えなかった。 だからこそ失敗は許されなかった…!!ハルヒだけは…なんとしても助けたかったから!! 「…、キョン…ッ」 …!? 急にハルヒの声色が変わった。…まさか 「ハルヒ…ハルヒなのか!!?」 すぐさま俺はハルヒの元へと近寄る。 「ふふっ…まさか、あんたが銃…それも麻酔銃なんてものを使うなんてね…、驚いちゃった。」 「ハルヒ!!お前…大丈夫か!?」 「…、大丈夫なわけないでしょ…!誰のせいで今体が…痺れてると思ってんの…!?」 そうだったな…すまん、ハルヒ。 「別に…落ち込まなくていいわよ。それしか…良い方法がなかっ…たんだろうし…。」 所々ハルヒの言葉が途切れているのがわかる。…これも麻酔のせいか。 「よく…戻ってこれたな…。」 「…え?」 「麻酔によるショックで神が動揺したのはほんの一瞬だったはず…その短時間で よく意識を取り戻せたなと言ってるんだ…。俺が麻酔という手段に訴えたことに お前が驚いてるように、俺も…お前の素早い復帰には心底驚いてるとこなんだ。」 「…別にそんなにおかしなことでもないわ。ただ、一瞬の隙さえあればあたしはよかった。 隙さえあれば、すぐにでも神と…取って代わるつもりだった…!」 「…??どういうことだ?お前…意識がなかったんじゃ…?」 「…それは違うわ。意識はあった。ただ…意識があっても、感情や仕草を表層に出すことが… できなかった。これほど歯痒い思いもなかった…!言わば、神に抑えつけられた状態ね… こればかりはあたしではどうすることも…できなかった。…操り人形のまま12月2日を迎えようとした時には… 正直もうダメだと思った…だから、必死に心の中で叫んでた…! 【キョン!!何ボサっとしてんの!?さっさとあたしを助けなさい!!】…ってね。」 「…まさか、お前があのときそんなことを思ってたとはな。俺は、その期待に応えることはできたか?」 「結果的にはね…さすがに、麻酔を使ってくるとは……思わなかったけど。」 「…そりゃそうだよな。」 「でも、おかげであたしは助かった…あんたの予想外の行動に、神は酷く動揺した…その隙をついて あたしは…神に、一気に反転攻勢をかけた…!それもあって神は…世界崩壊を、中断せざるをえなくなった…。」 …… 今更ながら驚く。 俺があのとき…世界を救うことで、頭を試行錯誤したり躍起になっていた中で…こいつはこいつで、 世界を救うことで必死だったんだ…!!確かに、そうでもなければ…麻酔をかけた直後に世界崩壊を 止めさせることなど、普通に考えればできるはずもない…ハルヒのとっさの反応があってこその芸当か。 …ハルヒには感謝せねばならない。 「…それで、全て思い出したのか?」 「…ええ、おかげ様でね…。あたしが神の代行者として日々奔走していたってことも…、 そして、第三世界の終わりで…あんたと出会ってたってこともね…。」 「…そうか。」 「まさか、またこうしてあんたと出会うときが来るなんてね… もっとも、あんたは第三世界でのことなんて…覚えてないでしょうけど…。」 「いや、しっかりと覚えてるぜハルヒ。」 「…どうして?転生した人間が前世の記憶を取り戻すなんてこと、あるわけ…」 「夢を見たんだよ…昨日な。船上でお前と…いろいろと話してた夢をな。お前は気付いてないのかもしれんが、 無意識の内に力を使って俺に過去の記憶を覗かせた…古泉や長門はそう分析してたぜ。俺もそう思ってる。」 「…変な話ね…だって、あんたってあたしと同じく転生してきたんだから…厳密に言えば異世界人的扱い… になるのよね?なら…そんなキョンにあたしが干渉することなんて…本来ならできるはずが…。」 …!! 確かに…ハルヒの言うとおりじゃないか??…じゃぁ、あの夢は一体?? 「…ふふっ、もしかしたら…あの世界のあんたが、それを知らせたのかもね…。」 「お…俺が!?そんなことが可能なのか??」 「…確かなとこはよくわかんないけどね…でもね、あたしはそう思うの。だって…そうでしょう? あんたの記憶は…キョンにしかわからないもの。キョンしか知らないんだもの…。」 …… 【お前】が…見せてくれたのか?世界の危機を察して…わざわざ俺に知らせに来てくれたってのか…? …夢から覚めた後、俺の問いかけに対し、長門・古泉は『ハルヒに異変はない。』と言っていた。 あれは…本当だったってわけか?俺の代わりにハルヒを守ってやれって、そういうことだったのか? 【お前】も姿が見えないってだけで…俺たちと一緒に、必死に戦ってくれてたのか…?実際のところはわからない。 …… 「…あたしね、ずっとキョンに会いたかった…だから…っ!もっと話したいけど 残念だけど、そうもいかないみたい…この世界を…なんとかしなくちゃ…ね。」 「俺も…また会えて嬉しい。過去の俺も、再会できてさぞかし喜んでると思う。 俺だって話したいのは山々…だが、まずはこの危機を乗り切らなくちゃな。」 そう、まだ終わっていない。 12月2日0時0分世界滅亡 確かにこれは回避した。だからといって、第四世界崩壊という筋書き自体が消えてしまったわけではない。 この回避はおそらく一時的なもの…12月2日0時0分という定刻が先延ばしされたにすぎない。 …当然だろう。地球崩壊を企む張本人が宇宙のどこかで、いまだその遂行に励んでいるのだから。 極論を言えば、あと数分で再び世界が消滅の危機にさらされる可能性だってある。 「…ハルヒ。次に地球がフォトンベルトに入る時間帯は…いつかわかるか??」 「…後、20分もしないうちに突入よ…。」 「20分だと!?」 どうやら、俺がさっき言ったことは極論ではなかったらしい。 「畜生…!一体どうすれば」 「キョン…あたしちょっと…やばい…かも」 「…ハルヒ!?どうした!?」 「麻酔が…まわって…きたみたい」 「ッ!!」 麻酔銃を使った代償が…ここにきて現れ始めた。そうなることは覚悟していたが…っ! 「ハルヒ!!お前の…お前のその願望実現の能力で…!その麻酔を取り除けないか…!?」 「…残念だけど…、それはできない…。」 「どうしてだ!?」 「確かに…、麻酔を強く拒否すれば…能力は発動…するでしょうね…でも、今はそんな些細なことに力を 削ぎたくはないわ…キョンも…わかってるんでしょ…?神に対抗できる唯一の手段が…あたしだけって…ことに」 「…!」 「それでも…万全な状態でも、あたしは神の力には遠く及ばない…はず。ましてや…神を倒すともなれば…」 「!?神を…倒すのか!?」 「だって、そうでしょう!!?じゃなきゃぁ、さっきと同じ…。 一時的に防いだところで、世界が危機に見舞われていることには…変わりないわッ!! なら、その根源である神そのものが消滅しない限り…世界は神の魔の手からは、永遠に逃れられない…!! だから…少しでも、少しでも力を温存しとかなくちゃならない…!そうじゃなきゃ、世界は…!!」 …… 俺から言うことは何もない… ハルヒの覚悟は本物だ…! 「…それで頑張ったとしてだな…!後どれくらいもちそうなんだ!?」 「わからない……、もって5分…ってとこかしら…、」 5分 …… 5分 胸に突き刺さる このわずかな時間の中で…ハルヒは神を倒さなくちゃならない。 止めるならまだしも…神を倒す!?神の存在そのものを…消す!?そんなこと… そんなことが本当にできるのか…!?そんなことが、本当に可能なのかっ!!? 「あたしは…神の消滅を強く願う…っ。強く願って…それを実現させる…! それが…あたしの能力だったものね…。あたしが…あたしがやらなくちゃ…っ」 俺は…何をやってるんだ…? 確かに、状況は絶望的だろう。だが…それでも尚あきらめず、神に立ち向かおうとしてる 当の本人を前に俺は… 一体何をやってる…?何を勝手に…沈んでる…? …最低だ。俺は。 …… 『だけどね、あくまであたしの体は人間。だから力的には 本体である神を超えることなんて絶対に不可能なの…当たり前だけど。』 『……』 『転生はできそうなの。でも完全には…いかないみたい、残念だけどね。 今あたしがもってる人間らしからぬ能力も…おそらく一部は受け継がれることになると思う。 それどころか神の操作で、今以上により強大になっている恐れだってある。』 『……』 『だから』 『言わんとしていることはわかるさ、そこまで俺も鈍くない。それでもし 何か悪いことが起こったって…そんときはその世界の俺がきっとハルヒを助けに来るはずだ… だからさ、お前は安心して転生に専念してりゃいいんだよ。』 『キョン…ありがとう。』 突然のフラッシュバック …… そうだ…俺はあのとき、昔ハルヒに言ったじゃねえか…!?助けてやるって!!!! あの世界の俺は…確かにそう言ったじゃねえか!!!? 「ハルヒ…!」 「…!?キョン…!?」 俺は…。座り込んでいるハルヒの手を…力強く握ってやった。 「ハルヒ、お前は…決して一人で戦ってるわけじゃない…!」 「…?」 「ハルヒ…実はな、さっきの麻酔銃は…古泉がくれたもんだったんだよ。」 「…古泉君が。」 「それとな…俺が今こうやって生きてるのも…長門と朝比奈さんのおかげなんだ。」 「…有希…みくるちゃん…。」 「みんなの力があって…今ここに俺とハルヒがいる。どうか…、それを忘れないでくれ!!」 「…!!」 「みんなここにいる…古泉、長門、朝比奈さん…みんな頑張ってる!!当たり前だろう!? SOS団は…いつも一緒だったじゃねえか!!それは…それは、団長だったお前が何より… 誰よりもそれを知っているはずだ!!!」 「キョン…っ」 「残念ながら一人間にすぎない俺には…こうやってお前の手を握っておくことくらいしか…できない。 …けどな、それで少しでもお前の気持ちが安らぐのなら…! 【SOS団みんながお前についてる。】、その証を少しでも感じ、不安が拭えてくれるのなら…! 俺も、お前の横で…必死に、必死に祈り続けてやる!!決してお前を一人にはさせねえ!!!!」 「キョン……ッ!!!」 …… 「そうね…あたしには…みんながいる…!!古泉君、有希、みくるちゃん…そしてキョン…!」 …… 「あたしね…正直言うと、半ばあきらめてたの…神なんかに勝てるわけない…ってね… でも…、あたしはキョンから勇気をもらった…!それだけで…それだけであたしは頑張れる…!! だから…あたしが意識を失わないよう…!強く、強く…!手を、握りしめていてね…。キョン…っ。」 「…ああ、もちろんだ。」 一体どれだけの時間が経過しただろう。 「キョン…」 「…何だ?」 「神の声が…聞こえなくなっ…たよ…」 「…俺はな、お前にならできると思ってた。」 「一体…、どれくらい…、時間…経った…かな?」 「…ちょうど5分ってとこだな。」 いまだにその5分というのが信じられん 俺には無限もの時間が去ってくような、そういう感覚に囚われていたんだ 「あたし…頑張っ…た…よね?」 「ああ、お前は十分に頑張ったさ…、よくここまで耐えたと思う。」 「…神の…声が…聞こえない…」 「…やったな…ハルヒ…ッ!!」 「声が…聞こえ…ない…」 神の化身である涼宮ハルヒには神の声が聞こえる 神が何を考えているかがわかる その声が----------------------------聞こえなくなった …… つまり、神は消滅した はっきり言おう。信じられない。わずか数分で…ハルヒは神を凌駕した。本当に凌駕してしまった。 予防線を張っておく あくまで可能性でしかない。神が本当に消えたかどうかなんて、一体誰がどうやって確認できる?? …… それでも俺は…ハルヒに対し、素直におめでとうと言いたかった。 死力を尽くした本人に…俺は誠意をもって労いの言葉をかけてやりたい。 「ハルヒ!おめで…」 …? 「ハル…ヒ?」 …いつからだろうか?ハルヒの体が…光っていた。 「ははっ…力を…使い果たしちゃった…みたい。」 …… デジャヴだった。この光景を…俺はどこかで見た。…そう、第三世界終焉時の夜。 海岸でハルヒと出会ったとき。あのときも彼女は…確か光り輝いていたんだ。 「転生のときと同じ…最後の灯火ってやつ?能力が無くなっちゃうときって、いつもこうなるのよ。 あのときもあたしは神に抗い、力を使い果たしたんだっけ…今のこの状況と全く同じね。」 …ハルヒのしゃべり方に、俺はどことなく違和感を覚えた。 「ハルヒ…お前、麻酔は…?」 「……」 …… 「状況は転生したときと全く同じ。つまり、これからあたしの記憶は永遠に失われる… だから、せめて最期くらいはあんたと、万全の状態で接しておきたかった…。 そう強く思ってたら…いつのまにか麻酔はとれてた。…そういうとこかしら。」 今、何と言った? 「ちょっと待て…記憶が失われるって…?どういうことだ!?」 「慌てないで。ただ、三日前のあたしに戻る…それだけの話よ。」 …… 「神に纏わる記憶が総じて消されるってことか…?」 「そういうことね。おそらく、明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。ただ、その明日が来ればの話だけど…。 本当に神が消えていれば…ね。」 「……」 ハルヒもハルヒで自覚していたらしい。神が消えたというのは…あくまで可能性でしかないということを。 …… 「…いずれにしろ、もう【お前】とは会えないってことか…?」 「ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。」 このハルヒとは二度と会えない …会えない …… なんだ?この喉につっかかる妙な感覚は…? …… 俺は…こいつに 何か言わなくちゃいけないことがあるんじゃなかったか…? ------------------------------------------------------------------------------ あれ…どうして俺は泣いてるんだ?確証はないが…遠い未来再びハルヒと会えるかもしれないじゃないか。 ああ、わかってはいるさ。会えるのは【未来の俺】であって今の俺じゃない。問題は会えるかどうかじゃない。 今の俺が…ハルヒに『この思い』を伝えられなかったこと…それが悔やんでも悔やみきれない。 そうか、だから俺は泣いているのか。ようやく理解した。 …… 「ハルヒ……ハル…ヒ………」 いくら叫んだってもう伝わりはしない。聞こえもしない。見ることも、触れることもできない。 …… 遠い未来の俺よ… 一つ頼みごとを聞いてはくれねえか。 もしお前がハルヒと出会うようなときが来れば… そんときは俺の代わりに『この思い』 ハルヒに伝えてはくれねえかな? 俺は第四世界の出発点とも言えるこの時代で精一杯生き抜いて…そして寿命を終える。 だから…遠い未来の俺よ、お前もお前でその時代を全うして生きろよな。 ハルヒと一緒に。 ------------------------------------------------------------------------------ そうだったよな?あのときの俺… 「ハルヒ…。お前に、伝えなくちゃいけないことがある。」 「…キョン?」 「今から言うことはな、あの世界の俺がお前に…言いそびれたことだよ…。」 「…?」 「でもな、それと同時に…それは、今の俺が思ってることでもある。…じゃあ、言うぞ。」 「俺は…お前のことが ……、大好きだ。」 「!!」 …… 「……」 「……、」 「……」 「……、、」 …ハルヒ? …… おい、どうしたハル …… 泣い…てる…? …… 「…まさか、最後の最後で、あんたの口からそんなこと言葉…聞くなんてね…。」 「……」 「最期にその言葉を聞けたあたしは…とても、幸せな【人間】だと思った…!」 「ハルヒ…。」 「キョン…覚えてる?第三世界での別れ際に…あたしが言ったことを。あのときも、あたしは幸せだと言った…、 でも…違うの…っ!あのときの『幸せ』とは…違う…!!本当に…嬉しいの…っ!」 …… 『【神の代行者】としての最期に、あなたのような人間に出会えてあたしは幸せだったわ…!』 …… 「ははっ…あたし、何泣いてんだろう…?また、ハルヒはキョンに会えるっていうのにね…」 「……」 「キョン…今の言葉、ハルヒにも…ちゃんと言いなさいよ…? あたしと…約束しなさい…!これは…団長命令……よ……、」 …そう言い残し、ハルヒは泣き崩れた。 「…団長命令に逆らう部員が 一体どこにいるってんだよ…?」 俺はハルヒを…強く、強く、抱きしめてやった。この華奢な体を…壊してしまうくらいに強く。 …不思議なことに、ハルヒは痛いとは言わなかった。…変な話だ。こんなにも強く抱きしめてるってのに…! 「キョン…あたしはあんたのことが…好きだった!大好きだった…!!」 「…そう言ってもらえて、あのときの俺も…さぞかし嬉しいだろうよ。」 「何…カッコつけてんのよ…?あんただって…嬉しいくせに…っ」 「…当たり前だろ。」 「……」 ずっとこうしていたい。俺とハルヒの間に…距離はなかった。 「…あたしね。」 ハルヒが口を開く。それは…独白ともいえる内容だった。 「…地球が誕生してから、やがて人類が生まれた…その人類を統括するための仲介者として あたしは生まれた…。やがて、人々はあたしを神と見なし、敬うようになった…。神は平和を望んだ、 だからあたしも平和を望んだ…けれど、それも長くは続かなかった…人間たちは互いを謗り合い、傷付け、 憎み…やがて戦争が起こった。神は怒った…結果、世界は滅ぼされた。けれど、そのときはまだあたしは 何も感じなかった…感情がなかったのね。けれど、しだいに人間や動物との交流が進んでいくうちに… そういう神の行いを、あたしは暴挙だと捉えるようになった。でも…それでもあたしは自分からは 動こうとはしなかった…神の仰せのままに従うのが、あたしの宿命だったから…、天命だったから…、 運命だったから…、そう強く あたしは信じていた…」 …… 「あんたがいなかったら…あたしって、一体どうなってたのかしら? いまだに神の代行とやらに追われ…日々奔走してたりしてね。」 「…そりゃなんとも、難儀な話だな。」 「あたしね、あんたと会えて本当によかったと思ってる。 だって、あんたがいなきゃ…今のあたしはいなかったんだもんね…。」 …… 「…時間…ね、」 「ついに…きたのか…。」 「ええ…あと1分もしないうちに、あたしの記憶は消されるわ。 神としての記憶も、滅んだ世界の記憶も、そして…昨日今日あった出来事も含めて全部…ね。」 「そうか…寂しくなるな。」 「何バカなこと言ってんのよ。ちゃんとハルヒは健在よ!」 「そんくらいわかってるぜ。」 「なら、紛らわしいこと言わないの。」 「……」 「な、何よ?」 「ハルヒ…」 …… 「今まで…ホント大変な人生だったろう…?よく、ここまで頑張ったな…。」 「……」 「でも、それも今日で終わりだ。次の朝からはお前は…今度こそ、本当の意味で 普通の人間としての生活を送れるようになる。その人生を…これまで苦労した分、どうか楽しんで生きてくれよ。」 「…もちろん、それはあんたがするのよね?」 「…?俺が…お前を楽しませるってことか…?」 「そゆこと。」 「まったく…お前には敵わんな。」 「当然よ!あたしを誰だと思ってんの!?」 「…団長様だろ。で、俺は雑用係りの平団員というわけだ。」 「わかってるのなら、それでいいわ!」 「どうか、ハルヒをよろしくね…っ」 直感で察した。たぶんこれが…このハルヒの最期の言葉なんだろうと。 …ハルヒは目を閉じたまま、顔をこちらに向けている。 彼女が何を言わんとしてるのか…俺にはすぐわかった。 「ハルヒ…また会おうな。」 そう言って俺はハルヒと…静かに口づけを交わした。 …… その瞬間だったろうか。辺りの光景が目まぐるしく変わりだした。 以前、ハルヒと二人 閉鎖空間に閉じ込められた時も…こんな感じだっただろうか。 閉鎖空間から出た後、俺たちはどうなってるだろう 世界は?天災は?神は? …… いつもと変わらない日常風景が広がる世界 凄惨かつ荒廃した光景が広がる世界 …俺たちが元の世界に戻った直後に目にする景色は、果たしてどちらか 前者であることを信じたい …俺は 意識を失った
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「ストラァーイク! バッタアウトォッ!!」 スポーツの秋、という言葉を知っているだろうか。 他にも格言がある通り、秋とは過ごし易い季節の一つでもある。 さて、ここで問題だ。 俺達SOS団(既に一括りにされているのが哀しいが)は、何故ここにいるのか。 何、ヒントが少ないって。 仕方が無い、まずここは市内にある野球場だ。 そして俺は、現在ネクストバッターサークルと呼ばれるものの中にいる。 ああ、それじゃ『何をやっている』かはわかっても『何故ここにいるか』はわからないか。 目敏いな、おい。 わかったよ、それは順を追って説明しよう。 とにかく、今は目の前のことに集中しないといけないからな。 「キョン!!」 バッターボックス手前、見慣れた黄色いカチューシャが揺れる。 ていうか、そろそろ本名覚えろよ。 「何だよ…」 何故、こうなったのか。 説明することは、とても易い。 だが、理解するのはし難い。 何ともまあ、アレな状況な訳だ。 SOS団状況。 「ここであべっくほーむらんとやらを打って、一気にサヨナラよ!!」 「打てるかっ! んなもんっ!!」 溜息を吐く。 何故、こうなったのか。 とりあえず、順を追って説明することにしよう。 ※ 「キョン! 明日までに九人集めて来なさい!!」 「…は?」 ホームページの更新(秋用にしなくてはならないらしい)をしている俺の元へ、災いの種。 始まったよ、いつもの病気が。 いつもと変わらない、秋のSOS団部室。 だが、その見解は間違っていた。 いつもと変わらない が 嫌だから という、 涼宮ハルヒ という人物がこの SOS団 というものを立ち上げたんじゃないか。 つまり、日常は無いのだ。 「今度は何の気紛れだ…そんなもんに、付き合う暇は」 「団員は五人! 残りは四人だからね! 後宜しく!!」 そのまま、ひゅっと部室から走り去るハルヒ。 いや、ちょっと待て。 完全無視かい、アイツ。 「おやおや…始まりましたねえ、涼宮さんの 気紛れ 」 向かいのテーブルでバックギャモン(とかいう、長門がだんだん専門書とかを見るようになったように、古泉もだんだんマイナーなテーブルゲームを持ってくるようになった。)をしていた古泉が、思い出したように話しかけて来る。 「他人事じゃねえっての…」 危機感持てよ、お前等。 「まあ…今回の件は慣れたことですし、簡単に済ませるでしょう」 持っていた本を閉じると、そのまま本棚に戻す。 ちょっと待て、慣れたことって。 「ほらほらあーっ!!千本ノック行くわよーっ!!」 「「「お願いっしまーすっ!!」」」 「……」 あまりにも、聞き慣れた声だった。 「先程、そのような電話をなされていましたから」 「……」 いや、説明遅いから。 そのまま、背凭れに身を預ける。 ああ、せっかくの休日なのに。 そう思いつつ、明日のメンバーについて思案している俺がいた。 ※ 「って前回と同じじゃない!!」 「知るかんなもん! 九人集めりゃ良いんだろ!!」 翌日俺達は、学校のグラウンドに集まっていた。 俺。ハルヒ。朝比奈さん。長門。古泉。鶴屋さん。谷口。国木田。妹。 以上、前回と寸分と変わらないメンツ。 「しょーがないわねぇ…我慢してあげるわ。アンタにしちゃ頑張ったんだろーし。」 アンタにしては、って何だよ。 「えーと、野球するわよ」 直球(アバウト)過ぎだろ。 「とりあえず、相手来たらウォーミングアップするから。以上!」 こんなに適当過ぎなのを「以上!」の一言で片付けるなよ・・。 そのまま、野球部の部室の方へ歩いていくハルヒ。 「ま…また野球…なんですか…」 一通りの話を聞いて、マジで凹んでる朝比奈さん。 「今日は簡単なポジションにしますから、大丈夫ですよ」 とりあえず、気は紛らわせておこう。 どちらにせよ、立ちっ放しなんてポジションは無いんだし。 「あ、ありがとうございます…でも、そしたら皆さんのシワ寄せが…」 「大丈夫ですって!俺の親友達も張り切っちゃって張り切っちゃって…ホラ、アイツなんてもう半裸でノックを受ける気満々っすから!」 「勝手に半裸にすんなっ!!」 何だ、乗ってくれるとはわかってるじゃないか谷口。 「あは…ありがとうございます、キョンくん」 そういって、笑顔を見せてくれる。 ほら、俺のギャグに乗って良かっただろ。 なあ、そこの半裸の谷ぐ 「って本当に脱いでんじゃねーっ!?」 「いやあ!ボク、半裸でノック受ける気満々っすよおっ!!」 そのままバシッ、バシッとグラブを叩く谷口。 まあ、後は予想通りだ。 後は団長からの、アップ前のアップを受けただけだから。 ※ 「キョン、ちょっと来なさい」 ノックバットを放り投げ、ベンチへ下がってくる。 勿論その先のショート定位置には、半裸の男が倒れている訳だが。 「ポジション考えるから」 「やっと、真面目な話って訳か…」 安心のあまり、溜息が出る。 ハルヒが座った隣に、並んで腰を下ろす。 「ピッチャーはあたし。後は勝手に決めて良いわよ」 すみません、帰って良いですか。 言った瞬間ボコられることは確定しているので、口に出さずに考え始める。 「…キャッチャー長門。ファーストは…朝比奈さんで良いか?セカンドは国木田…」 「ふ~ん…アンタにしちゃ、結構良いセン行ってるんじゃない?」 そう言って、軽く微笑む。 素直に褒められんのか、お前は。 何だかんだで笑ってるハルヒに、俺は苦笑いを返す。 (ほんのちょっとだけ)ハルヒの意見も取り入れ、ポジション、打順共に決まった。 (大丈夫なのか…コレで) まあ、不安は拭えないのだが。 1,古泉一樹(レフト) 2,長門有希(キャッチャー) 3,涼宮ハルヒ(ピッチャー) 4,キョン(センター) 5,鶴屋(サード) 6,谷口(ショート) 7,国木田(セカンド) 8,朝比奈みくる(ファースト) 9,キョン妹(ライト) 「…待て、何でお前が三番?」 「そりゃあ、三番最強説でしょ!」 もしかして、それをやりたいだけで野球始めただけじゃないだろうな。 ※ 各自キャッチボールしたり、雑談したり、半裸で倒れていたりする風景をハルヒと並んで眺める。 これで終わったら、日曜も楽しく終わるんだけどなあ。 「遅いわね…相手チーム」 「そういや…今回は、普通の草野球チームなんだよな?」 当たり前でしょ、と言い切る。 こいつが選んだ相手って、ロクなことが無さそうな気がする。 「谷川ジャイアント・ワークテイカーズって言ってね、隣町の草野球チームなんだけど…」 何か、コメントし難いチーム名だな。 「何か市営のグラウンドを追い出されたらしくてね、土日にここのグラウンド使いたいらしくて」 「はは、何か?俺等が負けたらここを使わせるってか?」 「そうだけど?」 「はは、そりゃ傑作だな…ってちょっと待てーっ!?」 危なく、ノリで流されるところだった。 「勿論、そのことは野球部に話してあるんだろうな…?」 「無いわよ」 ゴメン、今日遠征の野球部の皆。 俺、知らなかったんだ。 「勝てば良いじゃない!」 うわー、簡単に言ってるー。 「あたしが投げて、あたしが打つ…完璧じゃない!」 そういって、前回何点取られたんだこいつ。 流石に、二度はあの手は使えないし。 弱い奴等が、来てくれることを祈るしか―。 「「「お願いっしまあーっす!!」」」 一瞬、時が止まる。 SOS団の、誰もが動けなかった。 その姿は、体育会系デカマッチョそのもの。 勝てる気なんて、全くしない。 「手頃な相手じゃないの!」 そうやって笑えてるの、お前だけだからな。 ※ 「「「………」」」 絶句って、こーゆーことを言うんだろうな。 あまりにも、レベルが違い過ぎる。 グラウンドに声は、無い。 その代わりに、ボールを打つ音と取る音が断続的に聞こえて来る。 ハッキリ言えば、こいつ等は上手い。 内野守備・連携は完璧。更に外野の捕球もカバーもソツは無い。 (マジかよ…) 早速、頭を抱えることになろうとは。 何でこう、楽しい野球が出来ないんだろうか。 黙ってやってたって、楽しくないじゃないか。 誰かが、深い溜息を吐く。 だが、誰もそれを咎めようとはしない。 誰もが、同じ気持ちなのだ。 それを、どう裁こうというのだろうか。 「暗い…暗い…暗あああああーいっ!!」 いたよ、一人だけ。 どうしたって、諦めないヤツが。 「何よっ!あんな声も出てない奴等に負ける気なのっ!?…冗談じゃないわっ!!あんな根暗集団にっ!!」 それは違うんじゃないか、とは誰の弁だろうか。 「いい!?あたし達は声を出していくのっ!!…それこそ、誰かのミスをカバー出来るくらいにね!」 何か、珍しく良いこと言ってるぞ。 「楽しくやって、楽しく勝つ!それがSOS団流よっ!!」 二回目だけどな、野球。 そんなこと行ってる間にも、相手のノックはキャッチャーフライを以って終わりを告げる。静か過ぎる。 「絶対勝つわよっ!!」 「「「おぉーっ!!」」」 乗せられ易いなあ、俺達も。 まあ、やるからには勝つつもりで行くか。 負ける気なんて、もう無かった。 ※ ハルヒの自信満々なジャンケンの結果、こっちは後攻に。 というか、いくらなんでも後攻を選ぶか。 「強い方が、後攻を選ぶものなのよ」 頼むから、その間違った情報と思考を何とかしてくれ。 「いい?先制点は絶対にやらないわよ…やったら、承知しないからね!!」 投げるの、お前だけどな。 そのまま、守備位置に付く。 うーむ、俺センターってのは間違えたかな。 いくら外野の守備固めとはいえ、セカンドより遥かに遠い。 ハッキリ言って、面倒だ。 「キョーン! 守備位置まで走るのよーっ!!」 「…なんでそんなに高校野球基準なんだよっ!!」 その声に、無理矢理足を回す。 全く、嫌になる。 やっぱり、国木田と替わってもらうかな。 ハルヒが許さない気がするけど。 「いっかあーいっ!! 声出してくわよーっ!!」 だから、それキャッチャーの仕事だろ。 まあ、長門が出したら出したらで怖過ぎるんだが。 「プレイッ!!」 主審は相手側、テイカーズの人にやってもらっているらしい。 まあ、あんだけ上手きゃ贔屓することも無いだろうけど。 相手先頭バッターは、ライトの椎名。 見た目は若い、俺達とそう変わらないだろう。 全員そうなのだが、恐らく高校生~大学生の集まりなのだろう。 勿論殆ど経験者なのだから、気を抜く訳にはいかない。 初球、インハイにストレートが決まる。 際どい位置だが、ストライク。一つ儲けたな。 次はアウトローにもう一度ストレート。また際どいがボール。 というか、よく対角に放れるな。 やっぱりアイツ、天才肌かも。 三球目はド真ん中高め、これは椎名がカットしてバットネットに鋭く突き刺さる。 って待て、前に飛んだらセンターに来るじゃないか。 四球目は、さっきと同じコース。 (来る―!?) さっきのスイングなら、ライナーでセンター前。 俺は、脚を動かした。 「―ストライク!バッターアウトォッ!!」 「あっ…!?」 来なかった。 というより、俺が驚いたのはそこじゃない。 今、ハルヒが投げたボールだ。 (…落ちた、のか?) 殆ど、球速は落ちてはいない。 つまり、あの球は。 「―フォークって言うより、SFFか」 SFF(スプリットフィンガーファストボール)。 速く鋭く落ちる、いわば高速フォークだ。 なるほど、面白い試合にはなりそうだ。 ※ 「セカンッ!!」 ハルヒが、叫んだ。 そこにいるのは俺では無く、国木田。 難なく捌きファーストへ送球。 まあ、問題はその後なのだが。 「わっ、わっ、わっ…!!」 危なっかしくキャッチングし、ツーアウト。 もしかして、俺一番ファーストにしちゃいけない人をファーストにしたかもしれない。 だからといって、妹をファーストにしたら半端じゃない送球精度を期待しなくてはならなくなるが。 まあ、とにかく二番セカンドの鈴木をセカンドゴロに打ち取った。 どうやら、前回ファーストだった国木田もそこまでセカンドに違和感は無いようだな。 三番は下條、と言ったか。 同じポジションだから、何となく覚えている。 身長は俺とそこまで変わらないが、如何にも飛ばして来そうな雰囲気を出している。 センターとライトは止めてくれよ。 まず、長門が要求したのはアウトロー。 だがストライクゾーンに入っているのか、下条は振りに来る。 鋭いスイングだったが、空振りボールは長門のミットの中へ。 もしかしたら、ミートは得意じゃないのかもしれないな。 次は、真ん中低目から (SFF―!?) 確かに、ボールになったはずだった。 だが下条はそれを掬い上げ、センターへ打つ抜く。 おい、冗談にならないぞ。 俺は目を切り、とにかく追う。 間に合ったとしても、ギリギリ。 (間に合え―!) 半ば願うように、グラブを上に突き出した。 衝撃。 スリーアウト目は、何とか俺の手で奪うことが出来たようだった。 ※ 「やるじゃない! キョン!!」 走って戻ってきた俺の背中を、ハルヒが叩く。 まあ、完全に偶然だけどな。 「ナイスプレーです、キョンくん!」 「いやあ、大したことじゃないですよ」 まあ、言われて悪い気はしなくは無いですけどね。 こちらの一番は、謎の転校生古泉。 一回、二回とバットを振り左打席へ。 あ、あれ? 「何でアイツ、左打席なワケ?」 「涼宮さんが、『一番レフトなら左打席よっ!』って矯正していましたけど…」 アイツ、また余計なことしやがって。 古泉なら、右打席でもそこそこ打てるってのに。 そして、その初球。 「ってセーフティかよ!?」 「『一番レフトなら、初球セーフティバント』だって涼宮さんが。」 アホだ。全然ルールをわかっちゃいない。 慣れない打席だからかはわからないが、球が強過ぎてサード正面。 それをサードが難無く捌き、ワンナウト。 「……」 本日二回目です、絶句。 誰だよ、ハルヒに間違った日本の野球を教えたヤツは。正岡子規でも恨むか? 「いやあ、難しいものですね…」 お前もそう言って爽やかに戻ってきてるけどな、逆打席でバント出来る方も凄いぞ。 やっぱり、SOS団の恐ろしさを再認識するのであった。 ※ さて、ワンアウトながらバッターは二番長門。 確かに、『バントを決めろ!』とかそういう命令には強そうだけどな。 「有希!気にすることは無いわっ…練習通りに、思いっ切りセンター返しよ!!」 それはそこそこ努力したヤツに言う台詞だ、ハルヒ。 そう思った、瞬間だった。 ストレートを、難無く打ち返してみせたのは。 「は?」 だがピッチャー真正面、体勢を崩しながらも相手ピッチャー肩慣は取ってみせた。 ピッチャーライナー、惜しくもツーアウト目を喫する。 「…野球、難しい」 お前が言うと、とても安っぽく聞こえるのは何でだろうな。 さて、ツーアウトながらはバッターは(本人的には)大本命。 団長である、三番、涼宮ハルヒ。 相手ベンチの声こそ聞こえないが、女子高生であれだけのストレートと変化球を見せたのだ。 当然、上位打線ということもあり警戒してくるだろう。 「さあ! 来なさいっ!!」 だが、そんなことは本人は知らず。 知らんぞ、ビーンボールとか来ても。 だが、確かに一球目はそれに近い球だ。 インハイ、そのまま真っ直ぐ行けば肘に当たる球。 だが、ハルヒはそれを避けようとはしない。 むしろ、そのまま振り切って。 「ハルヒ、危な―」 「えーいっ!!」 気付いた時には、右中間フェンス直撃のツーベース。 盛り上がるベンチに、本人は呑気にVサインなんかを送る。 なるほど、カーブか。 よくわかったな、アイツ。 「キョーン! 絶対あたしを還しなさいよぉーっ!!」 というか、バッター俺かよ。 ※ 二死二塁、バッターは四番。 聞こえは良いけど、俺なんだよな。 「あたしを還さなかったら、どうなると思ってるんでしょうね!?」 大丈夫だ、何となく理解はしている。 認めたくは無いが。 俺には、前の三人のように超人的なスキルは無いからな。 とにかく、一球目は見よう。 長身から振り下ろした腕から、一投目が投じられる。 「ストライークッ!!」 「うおっ…」 速い。 アウトハイへの球だったが、反応し切れなかった。 よく打ってたな、三人とも。 まあ、次はフルスイングするか。 『ホームラン狙ったんだよ!』とか誤魔化せば何とかなるはずだし。 二球目は、構わずフルスイングだ。 フッ、と腕が軽くなるのを感じた。 「打っちまった―!?」 マズイ、セカンドの頭だ。 と思ったが、強いライナーの当りでセカンドも届かない。 見る限りでは、ハルヒは既にサードを回ってる。 よし、先取点だ。 結果オーライと思いつつ、ライトはホームに投げると思うのでそのままファーストベースを蹴る。 が、蹴ったのが間違いだった。 どすっ。 「ごはっ!?」 腹部に、激しい衝撃が走る。 アレだ、何かブローに右ストレートを受けた気分だな。 まあ、アレだよ。 いわゆるボール、ってヤツだろうけど。 ※ 何とか、先取点は手に入れることは成功した。 まあ、四番としては役目を果たしたことになると思う。 だが。 「…ぐはっ」 何か、大切なものを見失った気がする。 ライトからの返球は思った以上にライナー性だったらしく、ファーストを回ったところでランナー、つまり俺に直撃したらしい。 そのまま俺から跳ね返ったボールをセカンドが拾い、もがいている俺にタッチ。アウトとなる。 その前のハルヒはホームを踏んでいた為、とりあえず先取点はゲット。 何か、嬉しくないんだが。 「いっ…一点は一点よ! この一点守るわよっ!!」 俺の為にもな。 だが、二回の裏にそれは起こった。 四番村田に放った第三投目、真ん中よりのインローの球が左中間に運ばれる。 だがレフトの古泉、センターの俺がいれば抜けることは無い。 と、思ったのだが。 そうか、一つだけあったんだ。 柵を越える、という選択肢が。 「オイオイ…骨折り損かよ…」 一対一。 俺の身体を張った一点も、ワンホーマーで同点に返される事態となった。 ※ 何とか五番田口をセンターライナー(低くて危なかった)、六番矢野をサードゴロ(流石鶴屋さん)、七番岸をショートゴロ(ノックの効果は大きかった)に抑え、後続は断つことに成功した。 だが、上位打線が駆使しての一点。 それを、四番の一振りで無に返されたのだ。 そのショックは、隠し切れない。 「んじゃっ、行ってくるっさ!」 だが、この人は意気揚々にバッターボックスへ向かう。 五番、鶴屋さん。何とも、羨ましい限りである。 (助っ人だしな…) まあ、日曜に友達に付き合うってのもなかなか出来ないけどな。 ご苦労様です。 だが、性格ほどバッティングは大らかでは無い。 七球粘った結果、フォアボールを選び出塁。 しっかりと、先頭打者の仕事をこなしていたりする。 「谷口! ここはしっかりと頼むぞ!!」 確かに、谷口はお調子者だ。 だが、ここはしっかり決めてくれる。 「俺、性格程大雑把じゃねーんだぜ?」 いや、それはどうかと思うけどな。 ともあれ、意外にしっかりと仕事をし、送りバントでワンナウト二塁。 さて、ここでバッターは七番の国木田。 二回裏、ワンナウト二塁。 何とかこのチャンス、ものにしたいよなあ。 ※ 「じゃあ、行ってくるよ」 チャンスとか関係無しに、いつもの笑顔でベンチを離れる国木田。 監督も統率者もいない俺達にとって、殆どサインプレイは皆無だ。 国木田がここで、どう出るか。 それは俺達にも、予期せぬことなのだ。 勿論、ここで、 「「「セーフティバント!!」」」 なんてことがあったとしても、俺達には何の報せも無いのだ。 サードが急いで拾い、ファーストへ偽投。 結果としては投げられず、サード内野安打で落ち着くこととなる。 その間に鶴屋さんはベースカバーが送れたサードに滑り込み、ワンナウトながら一三塁。 おお、何か足を使った野球って良いな。 俺のは身体を張った野球だし。 さて、ネクストバッターはと言うと。 「いっ…いってきま~す…」 「「「……」」」 別に、期待してた訳じゃないさ。うん。 ツーストライク目に国木田が二塁を奪うも、三球目で見逃しの三振。 ツーアウト二三塁。 ワンヒット、二点。 「いってくるよ~」 「「「……」」」 皆、知ってるか。 一死二三塁って、二三振で0点なんだぜ。 ※ 三回の表、相手の攻撃は八番鳥谷。 どうやら引っ張りの打者のようだが、古泉の正面を突いてレフトライナー。 九番はピッチャー、肩慣。 草野球では珍しいが、ピッチャーだから九番に据えてるのかもしれないな。 長門も同じことを思ったのか、アウトコースで攻めていく。 が、それは案の定の結果を齎した。 見事にライト方向へ流し、ランナー一塁。 妹のヤツが逸らしたら二塁まで行かれる可能性があるからカバーに入ったものの、その必要は無かったようだ。 まあ、危なっかしいことには変わりないのだが。 さて、打順は一番に返って椎名。 さっきのハルヒの打球への対処から考えても、足はかなり速いだろう。 エンドランは、十分に考えられる。 初球、長門が要求したのはストライクからボールになるSFF。 だが。 「走ったあっ!!」 エンドランじゃない、これは盗塁だ。 長門も偽投はするものの、投げることは出来ない。 まさか、ピッチャーが単独で走りこんでくるとは。 この後椎名がヒッティングするも、ファーストゴロ。 朝比奈さんの肩でランナーが刺せる訳も無く(むしろ捕球出来たのも奇跡に近い)、自分でベースを踏みツーアウト。 またもやツーアウトながら、ランナーは三塁。 互いにピンチもチャンスも、続くものだ。 ※ バッターは二番、鈴木。 一回表はセカンドゴロに倒れたものの、バットコントロールは優れている部類に入るだろう。 長門の要求は対角のボールが多く、確かに鈴木は前に飛ばすことは出来なかった。 ボール。ファール。ファール。ボール。ファール。ファール。 そして、平行カウントからの七球目。 (センター返し―っ!?) ハルヒの右を抜け、俺の方へ。 勝ち越されるのを、確信した。 その時だった。 「うおりゃあーっ!!」 俺は、見た。 そこに、半裸で飛び付いていた男を。 いや、もうジャージだけどね。 だが、ボールは抜けてこない。 取ったのだ、あの男が。 そのまま立ち上がると、ボールをファーストへ送球。スリーアウトとなる。 「半裸ノックの力…ナメるんじゃねーぜ!!」 いや、むしろダメージで取れ無そうだけどな。 まあ、半裸の気合のプレイで点は失わずに済んだ。 さて、次の上位打線で追加点が無けりゃ辛いな。 ※ 折り返し地点も過ぎ、三回裏の攻防へと移る。 打順は功打順、一番古泉からだ。 「古泉くん!?絶対出塁するのよ!!」 お前は何もくれてやるな、本当に。 苦笑いを残し、古泉はバッターボックスへ向かう。 今度は先程とは反対の、右打席だ。 (そらそーだ…) 律儀の入る方も入る方だし。 ハルヒも何にも言ってないし、別にどっちだって良いんだろ。 初球はインハイにストレート。待球に徹したのか、古泉は動かない。 ワンストライクからの一球は、同じコースにカーブ。だが、古泉は動こうとはしない。 (何考えてやがんだ、アイツは…) ツーナッシングからじゃ、まともにストライクを取りに来る方が馬鹿だ。 さっきより真ん中目に、三投目が放られる。 「ストライク―」 から、ボールになるカーブ。 酷く、渇いた音がした。 右方向へ向かう打球は、一二塁間を素早く転がっていく。 セカンドが、飛び付いた。 が、そこまで。 投げることは出来ず、そのまま古泉はファーストベースを駆け抜ける。 SOS団側ベンチは、大いに盛り上がる。 ノーアウトからのランナー。 さあ、試合はここからだな。 「……」 まあ、また俺まで回って来るんだけどな。 ※ 二番は、キャッチャー長門。 ハルヒが細々と耳打ちしているが、おそらく送るんだろう。 だが、聞いてしまった。 決定的な、何かを。 (…私とキョンで返すから、アンタは…) 待て、コラ。 勝手に頭数に含めるなっての。 長門はバッターボックスに入ると、そのままバントの構えをする。 相手バッテリーも想定内だったのだろう、キャッチャーは真ん中にミットを据える。 小さな音と共に、一塁側へとボールは転がっていく。 ワンナウト二塁、スコアリングポジションだ。 バッターは前回ツーベースヒット、(本当は主砲)三番ハルヒがバッターボックスへと向かう。 「さて…と」 さっきの作戦(?)、俺には話さないのかよ。 打つだけですか、スコアリングポジションにランナーがいたら。 渋々、俺もネクストバッターサークルへと向かう。 意気揚々とバッターボックスに入るハルヒだが、バッテリーも気付いているようだ。 ハルヒの、長打の理由を。 「……」 まあ、当然だろうな。 この試合、ハルヒにとっては節目になるかも。 続きがあれば、の話なのだが。 三番バッター、ハルヒに対して相手バッテリーが取った策とは。 (―オール外角攻め) そう。 ハルヒはあくまで、筋力的には殆ど並に近い。 単純な力で言えば、俺や古泉の方が上のはずだしな。 バッティングは、いわゆる引っ張る方向の方が強い打球が行き易く打球が伸びる。 さっきの打球は、あくまでカーブを弾き返したから右中間へ飛んでいっただけなのだ。 だが、カーブより飛び難いストレートで外角攻めならどうなるか。 (……) 運が良くてさっきと同じ打球、または単打。 悪くて、凡打。 (…アイツの中で、凡退って言葉は無いんだろうな) 何かやらかしてくれる、それが涼宮ハルヒ。 直後。 「てえいっ!!」 外角の球を打ち返し、ライトライン際へと転がっていく。 追加点か、と思われたが古泉は三塁でストップ。 流石一番ライト、足は速い。 上手く回り込み、ハルヒの一打も単打に抑えられる。 「にしても…」 都合良過ぎ無いか、この試合。 再びスコアリングポジションにランナーを置き、バッターは四番。 (俺かよ…) 打たないと殺されそうなのは、俺だからだろうか。 ※ スクイズ、外野フライ、ワンヒット。 いずれも、一点に繋がる行為だ。 が、SOS団にサインプレイなど存在しない。 つまり、だ。 (打つだけ…?) ゲッツーとかだったら、俺この世から消えるかもしれない。 とりあえず、初球は再び待球。 三塁にランナーがいるから、変化球は無いと思うけど。 「ストライークッ!!」 この球威、だもんなあ。 一応四番だし、厳しいコースしか狙って来ないだろうし。 厳しいだろ。 二球目は、外角低めのボール。 だが。 (ハルヒのヤツ、走ってる―!?) だが、キャッチャーは投げることが出来ない。 ワンナウト三塁から盗塁を刺そうなんて、殆ど有り得ない話だ。 とにかく、ランナー二三塁。 チャンスってか、ピンチが拡がったな(凡退した時の)。 第三球目は、今度はストライクコースの内角低め。 (振り切れ―!!) 思いっ切り引っ張るつもりで打ったのだが、この球は高々とライトへ。 決して、深いとは言えない。 やっちまった、と思いながらファーストへ走る。 ぱすっ、という音と共にグラブで収まる。 「走ったあっ!!」 だが、ウチの一番はそれだけでは終わらせないらしい。 (古泉っ…!!) ライトが、ファースト・カットマンへと投げる。 だが、ファーストはホームを一見するとセカンド・サードへ偽投。 古泉は、既にホームに滑り込んでいたのだ。 ハルヒは若干の浅さもあり、走ることを躊躇ったらしい。渋々セカンドへ戻る。 「ナイスラン」 「いえ、キョンくんのフライがあってこそですよ」 ハイタッチし、そのまま二人でベンチへ戻った。 これで、殺されることは無くなったかな。 古泉に感謝しよう。 「それじゃ、続いて来るにょろ~」 と、笑顔でベンチを離れる鶴屋さん。相変わらずマイペースな人だ。 が、直後の初球をセンター前へと運ぶ。 ハルヒは一度はサードベースを蹴ったが、センターの巧返球に阻まれホームイン出来ずにストップ。 そして、期待のバッターは。 「っしゃあ! チャンス来たあああーっ!!」 「「「……」」」 三振に100億ペソ。 ※ さて、回は替わり四回表。バッターは三番下條からだ。 「ちょっ…俺の打席は!?」 とりあえず、100億ペソは失わずに済んだ。日本円でいくらかわからんけど。 次はホームランを打った村田、出来ればランナーを出さずにこのバッターを迎えたい。 直後の、第四投目。 「ショートッ!!」 「汚名挽回のチャンス来たあああーっ!!」 返上しろ。 まあ、とにかくボールの正面に入り。 「「「……」」」 白球は、高々と大空へと舞い上がった。 こいつ、マジでファンブルしやがった。 センター寄りだったので俺が捕球し、ベースカバーに入っていた国木田に返球する。 当のエラーした本人は、捕球体勢のまま止まっている。 永遠なんだろうなあ、こいつにとっては。 「良かったな、汚名挽回出来て」 とりあえず、それだけは声を掛けておく。 ダウンの後、谷口だけ更にダウンが待っていそうだ。 さて、ランナー一塁。 再び、ノーアウトで四番村田を迎えることになった。 せめて、単打で抑えたいところだな。 ※ さて、四回の守備は続く。 この試合唯一のホームランを打つ、四番村田。 ランナー一塁で、敬遠は難しい。 ハルヒの性格上、必ず勝負だ。 初球、国木田の頭を越えるライナー。 (マジかよっ…!!) 妹をカバーする為に、俺はライト寄りにいた。 が、それでも遥かに間に合わずフェンス際まで転々と転がっていく。 一塁ランナーはホームに到達し、バッターランナーも悠々に二塁へ。 中継の国木田にボールを渡し、守備位置へと戻る。 (また同点かよ…) 取ったら取り返す、正にシーソーゲーム。 ハルヒのヤツ、機嫌悪いだろうなあ。 と思ったら、マウンドでは見慣れたカチューシャが首を傾げている。 おかしいな、とでも思っているのだろうか。 怒っている、というより不思議がっているような。 そんな感じだ。 試合は進み、五番田口は送りバントをしっかりと決める。 ワンナウトランナー三塁から、六番矢野をサードゴロに仕留める。 これでツーアウト。バッターは七番岸。 ストレートに引っ掛けたのか、打球はふらふらとファースト裏へ。 「えっ…えっ…えぇっ!?」 自動車のように前を向いたまま下がるものの、朝比奈さんは追いつかない。 (落ちた―) と思った瞬間、国木田が回り込んでおりガッチリと掴む。 頼りになるなあ、こいつのセカンドは。 とにかく、同点で四回の裏を迎える。 さあ、踏ん張りどころだな。 ※ 四回裏、バッターは七番国木田から。 今日は活躍しているし、もう一本欲しいところだ。 が、粘った結果の七球目。 掠ったファールは、高々と真上へ。キャッチャーフライだ。 仕方無し、と国木田はベンチに戻って来る。 「頼むぜ、下位がお前しか頼れないんだから…」 「僕だって、10割打てる訳じゃないからね…ちょっと難しいかな?」 「…まあ、そうだけど」 笑顔で言われると、説得力があるな。 さて、次のバッターは朝比奈さん。 せめて、フォアボールで歩いて欲しいのだが。 「キョン」 何か、こいつに久々に話し掛けられた気がする。 そして突き出した手に握られていたものは、試合球と同じボール。 「何だよ…?」 また、変なことを思い付いたんじゃないだろうな。 「あたしに、変化球を教えなさい。抜くタイプのヤツ」 「…はあ?」 四回裏、ワンナウト。 後半戦は、まだまだ波乱が待っている気がする。 ※ 五回表(何故スリーアウトになったのかは察してくれ)、相手の攻撃は八番鳥谷から。 さっきはレフトフライだし、引っ張り打者っぽかったな。 ライト寄りの守備から、定位置くらいまで戻って来る。 「ごかあーいっ! しまって行くわよーっ!!」 ハルヒが毎回と同じように一喝し、守備に入る。 だからそれ、キャッチャーの仕事だって。 一球目は、内角高めにストレート。 だが。 (体勢崩しても引っ張ってくるかっ―!!) 三遊間を抜け、レフト古泉の元まで転がってくる。 またもや、先頭打者を出す結果となった。 『あたしに、変化球を教えなさい。抜くタイプのヤツ』 「……」 まさか、とは思う。 いや、そうじゃないと考えられない。 まさか、とは思う。 その間、九番肩慣が送りバントを決めスコアリングポジションへとランナーを送る。 ワンナウトから、バッターは一番椎名。 三振、送りバントの二つながら振りは鋭い。そして既に対決は三度目。 一本が出ても、おかしくは無い状況だ。 その、一球目。 失投だった。 ド真ん中に入っていったストレートは、見事にハルヒの頭上を越えていく。 ワンバウンドで捕球した俺は、そのまま中継である谷口へと送球する。 ワンナウト、一三塁。 間違い無い。 俺は、タイムを取った。 「なっ…何よっ! 守備位置まで戻りなさいっ!!」 その言葉を無視し、俺はピッチャーマウンドへと向かう。 全く、何で言わないんだ。 いや、何で気付いてやれなかったんだ。 馬鹿同士過ぎる、マジで。 「お前、もう握力が無いんだろ?」 「なっ…!!」 何で、そんなことがわかるのよ。 言いたいことは、わかる。 SFF。 鋭く落ちるこの変化球は、確かに三振も取れるし凡打で打ち取ることも出来る。 だが、それ以上に負担が掛かることは明白だった。 指二本で支えるこの変化球は、プロだって多投は許されない。 必要以上に、握力を使うからだ。 更に言えば、こいつは変化球を一つしか持っていない。 掛かる負担、ストレートへの影響も少なくは無い。 「だから、抜く変化球を―」 「だから何よっ!?早く守備位置まで戻りなさいっ!!」 「…話を聞けっての」 こいつは、負けず嫌いだ。 最悪、四番を抑えなきゃマウンドを降りようとはしない。 だが、ハルヒの握力は殆ど残っていないだろう。 「…失点は許す。だけど、四番は抑えろよ」 「あっ…アンタに許されなくても、失点なんか―」 ハルヒの頭に、手を乗っける。 頼むぜ、団長。 「その後は俺が抑える…だから、それまで頑張れ」 そのまま踵を返すと、俺はセンターまで走っていく。 さあ、試合はこれからだ。 ※ その後の試合は、あまりにも予想通りだった。 二番鈴木をゴロに仕留めるもショートの送球がズレ、朝比奈さんが落としてしまい勝ち越されてしまう。 ワンナウトランナー一二塁。 既に力が無いストレートは、三番下條に再びセンター前へと運ばれる。 俺が懸命のバックホームをするも、二塁ランナーが返り追加点。 4対2。 尚も、ランナー一二塁。 迎えるバッターは、四番村田。 ハルヒのストレートに、再び気迫が篭る。 初球をファールにされるも、振り遅れてファースト側サイドネットに突き刺さる。 一呼吸置き、セットポジションから一球。 内角、際どい高さ。 が、ここはストライク。 偶然ながら、これは大きい。 再び、一呼吸置く。 投げてくる。あのボールを。 セットポジションから、最後の一球。 一瞬だった。 僅かに変化した球は、レフト・センター・ショートの間へ運ばれる。 だが、アイツは叫んだんだ。 「キョン―!!」 「ったく…面倒だっての!」 口ではそう言うしか無い。 あまりにも、際どい位置だった。 でも、俺は約束してしまったんだ。 『後は俺が抑える』 だから、このボールは。 ―誰にも、譲れない― 俺は、非日常なんてこの世に無いと思っていた。 だから俺は、日常に生きることを望んだ。 だけど、それは違うんだ。 それはただ、諦めていただけで。 非日常が無い、と思いたかっただけで。 だから、俺は。 ―ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、わたしのところに来なさい。以上― 純粋なあの言葉に、酷く、憧れたんだ。 そのまま、顔から滑り込む。 野球部のヤツに、聞いたことがある。 ファインプレーって、意外に取れた瞬間の感覚があるって。 あった。 俺の手の中に、その感覚が。 だが、まだプレイは続いている。 見えた。 二塁ランナーが、スタートを切っている姿が。 「国木田っ…!!」 形振りなんて、構ってられない。 そのまま、力の限り二塁へ送球する。 「―チェンジッ!!」 ああ、怒られないで済む。 結局それなのか、と思って苦笑いした。 ※ SOS団のメンツに温かく迎え入れられ、ベンチへと戻って来る。 「よく守ったわね!キョン!!…さっ、反撃するわよっ!!」 お前はそれだけかよ、オイ。 誰の為に身体を張ったと思ってるんだっての。 まあ、バッターは再び一番からで古泉。 前の打席でセンターに弾き返している、十分に期待出来るバッターだ。 「涼宮さんも、感謝しています…自信を持って下さいね、キョンくん」 朝比奈さんのその言葉に、正直ドキリとした。 「えっ…ええ、でも別にアイツの為に飛び付いたワケじゃあ―」 「『後は俺が抑える』…だっけ~?」 そう言って鶴屋さんは楽しそうに、後ろから俺を撫でている。 しまった、内野には筒抜けだったのか。 谷口と国木田は何も言わないが、こちらを見て嫌な笑顔を浮かべている。 俺、一生の不覚。 「アウトッ!!」 そんなことやっている内に、古泉はショートライナーで凡退。ワンナウトとなる。 「こんなピンチでも、楽しそうですね。皆さん」 「そりゃあ楽しいから…な」 嫌味っぽく聞こえる古泉の言葉だったが、ベンチにいた皆が頷いた。 ただ、本当に俺達は楽しかった。 こうやって、普段集まらないメンツで普段やらないことをやるということは。 本当に、楽しいのだ。 「有希っ! 今度こそセンター返しよっ!!」 その言葉に頷く長門は、再び難無く打ち返す。 というか、アイツ手だけで打ってないか。 流石、としか言いようが無いな。 「さあっ! 真打ち登場よっ!!」 三回目だけどな、登場。 それ以前に、お前握力はどうなんだよ。 不安は、拭えない。 ※ 五回裏、ワンナウトランナー一塁。 バッターは三番、ハルヒだ。 だが、重大な問題がある。 (アイツ、握力は…?) だが、意気揚々にハルヒは打席に入る。 何か、普通に打ちそうな雰囲気だな。 が、いつもアイツの思考はわからない。 「おっ…送りバント!?」 打ちたがり目立ちたがり、とにかく唯我独尊な涼宮ハルヒ。 それが、送りバントだって。 「…後は頼んだわよ、キョン」 ネクストに座る俺の肩を、そう言って叩くハルヒ。 「随分期待されてますね、キョンくん」 「まっ…裏切ったら、後が怖いからな」 苦笑いを残し、バットを一振りする。 これで二回目だというのに、慣れたもんだな。 そのまま、打席へと入る。 (期待…か) されたことなんて、中学までは殆ど無かったな。 いい加減で、思い付きで。 日常を、何とか非日常にしようと頑張っていた。 なあ、ハルヒ。 一体俺は、お前の何なんだ。 俺をどう思って、行動してるんだ。 ごすっ。 だが、その考えもそれで途切れることとなる。 まあ、アレだ。 ブロー。 「ぐはっ…!?」 本日二度目は、脇腹を抉るデッドボールだった。 ※ ツーアウト一二塁、フリーで打てる場面で頼れるバッター、鶴屋さん。 だが惜しくもショートが飛び付き、俺が二塁フォースアウト。チェンジとなる。 というか、俺呪われてるんかな。 「…ドンマイ」 長門、何か意味深で怖いぞ。 さて、ベンチからグラブを取りセンターへ。 だが、先客がいた。 「…何やってんだ、ハルヒ」 「アンタこそ、何やってんのよ」 何なんだ、この食い違いは。 「アンタ、マウンドでしょ?」 「…は?」 ちょっと待て、マジで言ってるのか。 「『後は俺が抑える』、って言ったじゃない」 いや、言ったけどさ。 俺が投げて、抑えるって意味なのかよ。 「…センターとピッチャー、交代」 コラ、そこのキャッチャー。 勝手にポジションチェンジを申告するな。 「逃げ場は無い、ってことよ」 ニヤリ、と子悪魔的に笑うハルヒ。 「……」 長門の助け無し、マジでピッチャー。 六回表、バッターは五番から。 助けてくれ。 ※ 「ろっかあーいっ! 守り切るわよーっ!!」 だから、センターがやるなって。 五番はここまで、センターライナーと送りバント。 フリーで打つ場面は二回目だし、様子を見て行った方が良いかもしれない。 長門が出したサインは、外角低め。俺は頷く。 振り被って、一球目。 「ヤベッ!」 引っ掛かった、ワンバウンドしちまう。 が、田口はそれを空振り、長門は長門でそれを難無く捕球する。 「……」 黙って返球するが、逆にそれが怖い。目が笑ってないというか。 だが、これである程度はわかったな。 田口は、ミートするのは得意じゃない。 猿真似のカーブで振らせ、最後は内角球で詰まらせる。 ショートの谷口も難無く捌き、ワンナウトを奪う。 次は、六番矢野。サードゴロ二つだな。 引っ張るのが苦手らしい。内角三つで決まりだ。 が、二つ目に問題があった。 すっぽ抜けた。 ※ 鋭い当たりが、俺の足元を襲う。 「うおっ!?」 それを間一髪避け、ボールはセンター方向へ。 「って避けちゃ駄目だろ!?」 だが、遅かった。 打球の足は速く、そのままセンターへ抜けていく。 はずだった。 「国木田!」 守備の方面では活躍している国木田が、ギリギリのところで捕球する。 その場でくるりと一回転すると、ファーストへ送球した。 「アウトッ!!」 こいつ、本当に初心者なのか。 俺の礼に対して爽やかの笑顔で返すが、裏があるようで怖い。 さて、気を取り直してツーアウト。バッターは七番岸。 二打席とも凡退だが、ショート・ファーストフライと上げているのはわかるのだが的は絞れない。 長門の要求を見る限りでは、三振を取る組み立てだな。 それには同感なのだが、こいつはこいつでこのリードはどこで覚えてきたのだろうか。 まあ、本一冊あれば十分なのだろうが。 初球、外角高めに一投を投じる。 だが、これを初球打ち。ファースト正面への低めのライナーとなる。 「って朝比奈さん!?」 マズイ、一番飛ばしちゃいけないところに飛ばしてしまった。 抜けても良い、避けてくれ。 だがその願いは叶わず、朝比奈さんはその場にしゃがみ込んでしまう。 (だから、危ないって―!!) 急いでベースカバーに走るも、打球に追い付くはずも無く。 打球は、そのまま。 ファーストミットに、収まった。 ※ 「有り得ねえーっ!?」 と思ったが、そのままミットからポロリと零れ落ちる。 俺の足も止まっていたが、バッターランナーの足も止まっている。 俺はそれを急いで拾うと、ファーストベースを踏む。 これにて、スリーアウト。 「ひぃ~…怖い~…」 「……」 この人、無自覚でやってるから怖いよな。 まあ、チェンジだし声を掛けるか。 「朝比奈さ~ん、チェンジですよ~?」 「ひぇっ!?ごっ、ゴメンなさいボールさん!ゴメンなさい!!」 「…スリーアウトっす」 愛らしいが、明らかに間違った反応だな。 「えっ…あっ、キョンくんが取ってくれたんですかっ!?」 「…そーゆーことにしといて下さい」 物理的に不可能とか、考えないのだろうか。 まあ、何にせよスリーアウト。 ※ こっちの攻撃は半裸、谷口。 ヘルメットを被りながら、いそいそと上着を 「だから脱ぐなあああーっ!!」 「フッ…俺の決死の覚悟、見ていてくれ!!」 そのアップ前のアップに傷付いた胸板が、痛々し過ぎるんだが。 相手ピッチャー、引いてるし。 「作戦だっ!!」 嘘付け。 「この打席…全国の女性に捧げますっ!!」 全国の女性は、お前のこと嫌いだけどな。 とにかく六回の裏、ノーアウトからのバッターは六番半裸谷口。 というかアレだよな、自分で半裸キャラ作ってるだろ。 初球、内角ながら高さはド真ん中。 「おっしゃあああーっ!!」 狙い球だったのか、その球をフルスイングする。 が。 がきっ。 「「「……」」」 時は、止まった。 「うっわ…見事なボテボテ…」 ハルヒの冷めた言葉に、ワークテイカーズの面々と俺達の時は動き出す。 確かにボテボテだが、サードが反応し切れていない。 谷口の足も遅くない部類、十分に間に合う。 サードも急いで拾い、手だけでファーストへ送球する。 (ギリギリだ―!!) ファーストは沈んでしまいそうな球を伸びて捕球し、谷口もヘッドスライディングでそれに応える。 「はっ…判定はっ!?」 「…セーフッ!!」 再び、SOS団側のベンチは盛り上がりを見せる。 ノーアウト、一塁。 前回は続かなかったものの、今回は先頭打者を出すことに成功した。 さあ、ここで一気に逆転するしかないな。 「ぎぃやあああーっ!俺の胸板がハートブレイクだあああーっ!!」 「「「……」」」 そらあ、半裸だし。 お前、色々と美味しいよな。 ※ どうやら臨時代走の必要も無いらしく、試合は続行。 七番、守備職人の国木田。 って、お前一日にしてその肩書きを奪ったよな。 お前も谷口と違う意味で、美味しいヤツだ。 初球、内角に良いストレートが決まる。 力押しの場合、国木田に分が悪い。 小細工や隙を突くのは得意かもしれないが、真っ向勝負なら前打席と同じ結果が待っているかもしれない。 そして、二球目。 「走ったぞおっ!!」 谷口、お前何にも考えて無いだろ。 明らかタイミング的に、アウトだろ。 だが、それは国木田にとっては好機。 外せば良い、というピッチャーの心理を突いた見事なバッティング。 外角の外れた球を、見事にセンター前へと運ぶ。 偶然だが、エンドランの成立により谷口は一気にサードへ。 ノーアウト、一三塁。 バッターは、八番朝比奈さん。 「……」 ここは、二者三振の方が好ましいかもしれない。 まあ、ゲッツーでも一点だけど。 「タイム!」 ハルヒがタイムを取り、バッターとランナーを集める。 どう考えても、スクイズの相談をしているようにしか思えないんだけど。 朝比奈さんの背中をドンっと叩いてハルヒがベンチへ下がってくる。 「…スクイズか?」 その言葉に、ハルヒはニヤリと笑う。 「アンタが騙されるくらいなら、相手も騙されてるわね」 何か、ムカつくんだけど。 とにかく、こいつにはこいつなりの何かがあるらしい―。 ※ さて、バッターは八番朝比奈さん。 今日二三振で、ウチの妹と共に下位打線街道をまっしぐらしている。 初球はボール、大きく外して来る。だが朝比奈さんもランナーも動こうとはしない。 (…まさか、ボール四つでフォアボールを狙ってるのか?) スクイズをやるなら、間違いなく朝比奈さんでやる。 妹よりも朝比奈さんは背も高いし、多少外されても何とかなる。 (おいっ、ハルヒ…ファアボール狙ってんなら、間違いだ…!!妹じゃ、掠りもしねえっ…!!) (…? アンタ、何言ってるの?) その言葉、そのままソックリ返すぜ。 じゃあ、こいつは何を狙ったっていうんだ。 大きく外し、三つ目のボールがカウントされる。 ノースリー。明らかにスクイズは無い。 だが他に、朝比奈さんで出来る手とは。 (…思い付かねえ) むしろ、スクイズだって危うい気がして来た。 「ストライークッ!!」 四球目は力が入ったド真ん中、ストレート。 駄目だ、フォアボールはコントロールミスが無い限りは期待が出来ない。 三振。 その言葉が、脳裏を過る。 「ストライク!ツーッ!!」 「キョン、見なさい…これが、あたしの『賭け』よ」 そして、六球目が投じられる。 「何も反応しなかった五球に対して…ピッチャーは、『全力の六球目』を投じられるかしら?」 「…マジかよ」 そこには、三振など無い。 あるのは、スクイズ。 「お前…スリーバントとか、考えねーのか…」 「たまには、こーゆー攻め方も『アリ』じゃない?」 再び、悪戯っぽく微笑む。 こいつには、勝てないなあ。 結局、朝比奈さん決死の六球目スクイズが綺麗に決まる。 谷口が滑り込み、ワンナウト二塁へ。 バッターは九番、妹。 「…こいつは?」 「…行きなさいっ! センター返しーっ!!」 何も期待してないだろ、お前。 とにかく、4対3。 一点差で、六回裏の攻防は続く。 ※ 「お疲れさま、朝比奈さん」 その言葉に、朝比奈さんは涙を浮かべる。 「こっ…怖かったれす~…!!」 そのまま俺に身を預け、泣き始める。 (…困ったな) 且つ、嬉しいな。 ビバ、草野球。 「キョン…どうやら、殺されたいようね…」 「さっ、青春の一ページを刻もうぜ☆」 さっと朝比奈さんを隣に座らせ、試合に集中することにする。 サラバ、ビバ草野球よ。 ※ バッターは九番、妹。 「…頑張るよ」 小さく気合を入れ、妹が打席に入る。 うん、三振で良いや。 さっさと、ベンチに帰って来い。 「アンタ…シスコン?」 「そう思われても良いから、早く帰って来て欲しいんだ…」 国木田のことだから平気だろうが、妹が何を仕出かすかわからん。 頼む、何も起きずに三振してくれ。 「アンタ、激しくネガティブね…」 「妹想い且つ、チーム想いだと言ってくれ」 マジで。 「てりゃっ」 小さな気合と共に、フラフラとファースト裏へと飛んでいく。 うん、ツーアウトだな。 ファーストが目を切って、手を伸ばして。 とーん。 「「「……」」」 ヒットだった。 「…回れーっ! 国木田あーっ!!」 国木田もセカンドに触塁しており、落ちてからスタートを切った。 一点にはならなかったものの、再びワンナウト一三塁。 というか、今のが一点になったら逆に笑える。 さて、ここで一番に戻ってレフト古泉。 ここでもう一点を得て、同点にしたいところ。 ※ 「外野フライで一点…ですか」 似合わない笑顔でフルスイングしながら、打席に入っていく。 アイツ、マジで外野フライを打つつもりなのか。 「まあ、一点取れるなら言うことは無いけど…」 ハルヒもヘルメットを被りながら、バッターボックスに入る古泉を見る。 そして、初球。 「あ」 「「あ、じゃねえーっ!!」」 カーブを引っ掛けたのか、古泉の打球は予想を反して浅めのライトファールフライ。 古泉としては珍しい声と共に、ボールはライトのグラブに収まる。 「走ったあっ!!」 更に言えば、これは予想外だ。 殆ど暴走、国木田がホームに向かって走り込んでいく。 ライトから一本で返ってくるボールに対し、国木田はキャッチャーを避けるように手だけをホームに伸ばす。 クロスプレー。 「セーフッ!!」 暴走と思われたその走塁は、ブロックを押し退け同点のホームインとなる。 これで何とか、古泉の面目も保たれたようだな。 ※ 「ナイスラン!」 ハルヒとハイタッチし、国木田がベンチに戻って来た。 「お疲れさん…ナイス判断だったな」 「あは、ただ走りたかっただけなんだけどね」 「なるほどね、七回は回って来ないもんな~…ってオイ!!」 最後のスコアリングポジションだからって、走り込んだのか。 「まあ、同点になったから良いよね」 と、ニッコリと笑う国木田。 わからん、俺にはこいつがわからん。 俺だったら、間違い無く殺される(俺だから、という噂もある)。 そんなことも露知らず、バッターは二番長門。 ランナーは妹が一塁、ってかさっきので走らなかったのか。 まあ、突発的だったから仕方が無いけど。 初球、外角に外して来る。 長門は反応せず、そのまま見逃した。 そして、キャッチャーはボールを戻した。 ―ファーストに。 「ピックオフだ! 戻れっ!!」 クソ、今まで使って来なかったから気付かなかった。 ピックオフ。 ピークイックと共に使われる牽制の一つで、早い話がキャッチャー牽制。 そのまま妹は困惑気味に、タッチアウト。 まあ、同点にはなったから仕方が無いだろう。 攻防は、最終回へと持ち越される。 ※ 最終回、表。 草野球は七回までなので、この回が最終回となる。 八回の攻防は、八番鳥谷から。 ここまでで鳥谷はレフトフライ・ヒットの二本。 完全な引っ張り打者だ。 外角で引っ掛けさせて、凡退してもらおう。 二つのファールを挟み、三球目の要求は真ん中カーブ。 「バッターアウトォッ!!」 まあ、見事に三振ってことでワンナウト。 九番、肩慣は九回も続投らしい。バッターボックスに立つ。 ライト前と送りバント、とりあえず内角に要求される。 が、そこは難無くカット。 次の要求は、同じコースにカーブ。 (真ん中に入るカーブは、一番駄目な気がするんだが…) まあ、ちょっと外気味に修正して投げてみるか。 二球目を、投じる。 が、見事にセンターに弾き返される。 やっぱ、バッターによってなんだな。 スマン、長門。 一番椎名は、二打席目と同様に送りバントの構え。 長門の要求も、ド真ん中だ。 まあ、アウトを取り損ねない限りは村田までは回らない。 ここは素直に送ってもらって、ツーアウト二塁。 バッターは、二番鈴木。 ※ ここまで鈴木は、エラーでの得点のみ。 だが三振は無いし、フリーで打ってくるこの場面は注意した方が良いのかもしれない。 要求は、アウトハイにボール球。 俺もこれに賛同し、真っ直ぐに放る。 「ボォッ!!」 だが、これは振らない。 やはり上位打線、選球眼は悪くないようだ。 次は、真ん中からボールになるカーブ。 「ボォッ!!」 (…振らない) ここまで振らないと、逆に不気味だ。 長門もそう思ったのか、要求はド真ん中ストレート。 打たれても良い、半ばそんな気持ちで投げ込んだ。 キィンッ。 「しまっ―」 時、既に遅し。 俺の頭上を遥かに越え、センター前に運ばれる。 参ったな、勝ち越し点か。 マウンドで、空を仰ぐ。 「キョン! 退きなさあーいっ!!」 「は―」 がすっ 再び時、既に遅し。 センターからの返球が、俺の頭部を捉えた。 お前、コントロール良過ぎだろ。 テンプルを捉えた、白球は。 曲りなりにも、長門の元へ届いたようだった。 何、本日三回目ですか。 「…ナイスカット」 違うから。 ※ 「うぅっ…」 かなりクラクラするが、とりあえずツーアウト二三塁(俺に直撃してる間に、バッターランナーは二塁まで到達)。 点が入らなかったのが、奇跡とも思える。 バッターは三番、下条。左中辺りが得意コースか。 要求は初球からカーブ、低め一杯か。 (難しい…って) だが、確かに有効なコースであることは間違い無い。 仕方が無い、根性で放るしか無いな。 キィンッ 「「……」」 マジかよ。 狙い通りのコースにはいったが、いかんせん球速が落ちたようだ。 そして、この回二本目のセンター返し。 冗談にならない。 抑えると宣言したはずなのに、三塁ランナーが還り5対4。 再びハルヒの送球を俺がカットし、幸いに二塁ランナーは三塁でストップ。 七回表、ツーアウトランナー一三塁。 バッター、四番村田。 マジかよ。 ※ マウンドへ、内野陣が集まる。 「どうする? …二塁空いてるし、満塁策とか?」 「そーだなあ…五番ノーヒットだし、アリじゃねえか?」 「ん~…そだねえ、ツーアウトだし」 「…駄目だ」 駄目なんだ、それじゃ。 俺は、この四番を抑えなくちゃならない。 抑えなきゃ、俺は約束を破ることになる。 センターで、不機嫌そうにしているアイツとの約束を。 守れなくなるんだ、それじゃ。 「長門、無理を承知で頼む…四番と、勝負させてくれ…!!」 「……」 長門は、首を立てに振らない。 そりゃ、そうだ。 俺がキャッチャーなら、四番は敬遠。 四番との勝負を避けるんじゃなくて、四番と勝負する手立てが無いのだ。 それを承知で、長門にリードを任せる。 それはとても、無責任で。 それはとても、情けないことだった。 「…良いんじゃないの?真っ向勝負!ってのも格好良いよっ!!」 鶴屋さんがバンッ、と勢い良く俺の背を叩く。 痛いっす、マジで。 「まっ…全部お前に任す。 来た球を捌くだけだ」 谷口、お前ワンエラーしてるしな。 国木田と朝比奈さんは笑顔だけ浮かべ、会話には参加しようとはしなかった。 最後に、長門が口を開いた。 「…善処はする」 それだけ行って、キャッチャーボックスに戻っていく。 「…恩に着るぜ」 これが、最後の1/3になると信じて。 ※ 長門の要求は、外角低め。 まあ、これしか無いだろうな。 苦笑いする。 走られても構わない。俺は振り被る。 案の定走られるが、そこは問題じゃない。 「ストライークッ!!」 二三塁になるも、一つ目のストライクを奪うことに成功する。 (後…二つ) ここからは、気力勝負。 真ん中低めから、ボールになるカーブ。 キィンッ。 一度はフェアグラウンドで跳ねるも、ファーストベースよりも遥か手前で切れていく。 (…ツーナッシング) もう、まともなストライクを投げる必要は無い。 後は、もう運に身を委ねるしか無いのだから。 大きく、振り被る。 (―何処にでも、行きやがれっ!!) 全力投球の一球は、真っ直ぐに長門のミットを目指す。 勿論、その一球に立ち向かうものもある。 フルスイング。 背筋が、凍った。 「…ストライクッ! バッタアウトォーッ!!」 三振を奪うことが、こんなに気持ちが良いことだったなんて。 負けているのに、何故だろうか。 この喜びは、隠すことも偽ることも出来なかった。 「…ばーか」 子供のように喜ぶ俺に、誰かがそう言った。 気がするだけ、なのだが。 ※ 俺が欲しかった非日常って、何なんだろう。 俺が飽き飽きしていた日常って、何なんだろう。 いくら考えても、答えなんて出ない。 いつしか俺は、『考えるのを止める』という出口すら失ったのかもしれない。 「ストラーイクッ! バッターアウトォーッ!!」 この回先頭バッター、長門が三振に倒れる。 相手ピッチャー肩慣も1点差、ここを踏ん張らなくては負けてしまう。 だが、悪いな。 (勝つのは…俺達だからな) と、思ったところで考え始める。 何で俺、ここにいるんだろう。 何で俺、野球なんてやってるんだろう。 「……」 勿論、答えなんて無い。 あるのは、涼宮ハルヒという現実だけ。 「キョン!!」 バッターボックス手前、見慣れた黄色いカチューシャが揺れる。 ていうか、そろそろ本名覚えろよ。 「何だよ…」 単刀直入に言おう。 何故、こうなったのか。 説明することは、とても易い。 だが、理解するのはし難い。 何ともまあ、アレな状況な訳だ。 SOS団状況。 「ここであべっくほーむらんとやらを打って、一気にサヨナラよ!!」 「打てるかっ! んなもんっ!!」 全く、最後の最後までお前に連れて来られちまったな。 さあ、頼むぜ団長。 俺はこの非日常を楽しむ、ということに夢中になっていた。 ※ 「ストライークッ!!」 初球、真ん中のストレートを空振り。 やっぱりアイツ、右手に力が入って無いな。 二球目はカーブ、ストライクゾーンから外れていく。 ワンエンドワン、ボールは見えているようだな。 次は低めのストレートがワンバウンドになり、ワンツーとなる。 (頼む…打ってくれ、ハルヒ…!!) ここまで熱くなるのは、どれくらい振りだろうか。 拳を握る手に、汗をかいているのがわかる。 もう一度カーブが来、ボール。 ワンスリー。どう出るか。 「フォアボールッ!!」 出塁。 だが、ハルヒを返したとしても同点。 取らなくてはならない。後二点を。 「キョンくん」 肩越しに、古泉が呼ぶ。 「何故この試合、貴方が活躍しているか…わかりますか?」 「そりゃ、偶然―」 ホントウニ、ソウオモッテルノカ。 グウゼンニモ、ホドガアルンジャナイカ。 ナラ、ホントウノコタエハ。 イッタイ、ナンナンダロウネ。 「―ハルヒか」 「ええ」 古泉は満足そうに、頷く。 「―このフォアボールも、そんな気持ちの表れかもしれませんね」 「…どーゆー意味だ、それ」 「言葉通りの意味…つまり、自分の活躍よりって意味ですよ」 自分が、フォアボールで出塁。 そして、期待している俺がホームランでサヨナラ。 なるほどね、確かに出来レースだ。 「でも、ワンナウトだろ?…ツーアウトの方が、面白いんじゃないか?」 「ふむ…なるほど、確かに」 俺の言葉に対し、古泉は深く考える。 「―ゲッツーの可能性と、涼宮さんの怪我のせい…では無いでしょうか?」 「……」 確かに、そう言われたらどうにもならない。 凡打を打ってしまえば、そこでゲームセット。 中途半端なツーベースを打ったって、ホームでクロスプレーとなってしまう。 なら、俺は。 勝つ為には、ホームランしか無いのか。 「…あなた次第ですよ」 それだけ言い残すと、古泉はベンチへと歩を向ける。 ったく、面倒臭い。 考えるのは、嫌いなんだ。 最初っから、答えは一つしか無い。 「…打てば、誰も文句は言わねえだろ!!」 もう、考えることなんてしない。 目指すのは、勝利だけなんだから。 「なるほど…そういう考え方も、あるんですね」 古泉だけが、ただ頷いていたけれど。 ※ ヘルメットを深く被り直し、バッターボックスへ入る。 ハルヒのことを考えると、盗塁は期待出来ない。 スリーベース以上では無いと、同点は有り得ない。 初球、ストライクゾーンから大きく外れてのボール。 どうやら、相手も気力の域に入っているようだな。 ただ、負ける訳にはいかない。 俺は、負ける訳にはいかないのだから。 二球目は内角低め、外れていると思いきやストライク。ワンエンドワン。 次はストライクから逃げていくカーブだったが、ハーフで止めてボール。 ワンツー。バッティングカウント。 そこから投げてくる球は、外角。 (振り抜け―!!) ギリギリフェアグラウンドを割り、ファールとなる。 平行カウントだ。 「ちょっとキョン!さっさとホームラン打ちなさいよっ!!」 「無茶ゆーなっ!!」 喰らい付いてくのも厳しいっての。 全く、今日一日で色んなことがあったもんだよ。 あの時のメンバーを、また集めたり。 そのメンバーで、シーソーゲームを繰り広げたり。 そして今、そのメンバーの声援を一身に受けたり。 ああ、そうか。 「―こーゆー非日常って、悪くないな」 セットポジション。 ただ、振り抜いた。 (低い―!!) ショートに取られるか、と思われる打球はグラブを掠め左中間を破っていく。 ―同点― 誰もが、そう思っただろう。 違う。 違うんだ。 勝たなくちゃ、意味が無いんだ。 ハルヒが、ホームインする姿を見て。 俺は思った。 ―ああ、行かないと― 外野からの返球なんて、見えてない。 だけど、この声だけはハッキリと聞こえたんだ。 「キョンっ…来なさいっ!!」 その声に導かれるように、俺はサードベースを蹴る。 暴走? 違う。ハルヒが来いっていうなら間に合うんだ。 まだワンナウト? 違う。いつの時代だって続きがあるとは限らない。 なら、俺は。 「―行くしかねえだろっ!!」 ずっと、夢を見ている気がする。 一体、いつから? ああ、あの時か。 こいつと出会った、その日。 あの時から、俺は常に非日常。 そして、今日だって。 きっと俺にとっては、非日常なんだから。 ― ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、わたしのところに来なさい。以上。 ― (そりゃあ…俺も、仲間入りする訳だ…!!) 苦笑い。 「セェーフッ!! ゲェームセェーット!!」 ※ 暗い。 ついで言えば、土臭い。 ああ、何かガキの頃ってよく食ってたよね。土。 いや、意図的じゃないけどさ。 偶然、口ン中入っちゃうの。 で、吐き出せたら運が良いんだけど大抵飲み込んじゃって。 後からウエッ、ってなっちゃう訳だ。 気分的に、そんな感じ。 「よっしゃあああーっ! よくやったあああーっ!!」 強制的に立ち上がらされ、抱き付かれる。 「谷口…マジ、キモイから止めろ…」 まあ、よく覚えて無いが逆転のホームインは出来たみたいだな。 一応、ランニングホームランだから予告通りには記録されそうだ。 「キョンくん! 凄く格好良かったですよっ!!」 ああ、ちょっと目が潤んでる朝比奈さんが愛しい。 「…朝比奈さんの為にホームインしました」 本当は違うけど。 「ボロ雑巾みたいになってる割に、口は随分達者ね…」 「はっ…ハルヒ…」 物凄く、嫌な予感がした。 「…明日買い物に付き合いなさい。それで許してあげるわ」 当然、荷物持ちなんだろうけどな。 的中したような、しなかったような。 ※ 「「「ありがとうございましたあーっ!!」」」 終わった。 長い、長い一日が。 「…まだ、一時か」 そりゃ、あんだけ朝早ければなあ。 朝からやる必要、あったのか。 とりあえず、疲れたからベンチに腰を掛ける。 これは俺だけが与えられた特権であり、残りの面々はグラウンド整備に入る。 ハルヒは『んなもん、野球部に任せなさいよ』と言っていたが、相手が頑なにやると言うのでやることに。 今回だけは、ハルヒに賛成。 「おい、アンタ」 相手ベンチより、長身の男。 「…四番の、村田?」 「そうだが…アンタ、リリーフしたピッチャーだろう?」 そうだけど、と短く返事をする。 「単刀直入に言う…アンタと涼宮って女が最後に投げた球、同じ球だよな?」 最後に投げた、球。 俺が三振を取った球と、ハルヒがセンターフライに打ち取ったあの球か。 「ああ、そうだけど」 あの時俺が投げた球は、ストレートじゃない。 確かに、変化球なのだ。 「あの球は、一体…」 まあ、本当は凄く一般的な球なのだ。 ただ、俺とハルヒが一回ずつしか投げなかったから魔球のように見えるだけで。 ただの、変化球なのだ。 「… 魔球SOS 、ってことにしといてくれ」 俺とハルヒだけの秘密、ってのも悪くないな。 そう思ってしまった俺は、負け組だと思う。 ※ 「終わった~…」 まあ、俺は整備してないけど言いたくなってしまうのが人間の性。 勿論、それをハルヒに咎められるのだが(自分で良いって言ったのに)。 「それじゃ、準備するわよ」 やっとか、と思い荷物を背負う。 「? …何やってるの?」 「いや…お前こそ、何やってんだよ?」 ・ 俺達 → 帰り支度。 ・ ハルヒ → ヘルメット着用 「何…って、二試合目の準備だけど?」 「 「 「 「 「 「 「 「 は あ っ ! ? 」 」 」 」 」 」 」 」 もしかして、ダブルで試合組んでる、ってヤツですか。 「あ、次先攻だから宜しくね」 いや、んなことは気にしてないけど。 「やれやれ…仕方がありません、やりますか」 そう言って、ヘルメットを被る古泉。 「まっ…マジかよ…」 俺帰って、寝ようと思ってたのに。 「ホラ!二試合目も勝つわよ!!…次勝たないと、グラウンド持ってかれるんだから!!」 マジでゴメン、野球部。 「SOS団…二試合目も、気合入れて行くわよーっ!!」 土曜の午後は、まだ始まったばかりだった。 涼宮ハルヒの退屈Ⅱ -fin- ■あとがきっぽいもの■ 久し振りに覗いてみたら、自分の作品が載っていてビックリです…まとめて下さった方、ありがとうございました。 後先考えず、スコアだけ考えて書き始めたこのSSですが…表向きには良い感想を頂けて、とても感謝しております。 本当は今更なのですが、不特定多数の方々へ、なのでここに書かせて頂きます。 今はあまり文章を書いておりませんが、身の回りが落ち着いたらまた書かせて頂きたいな…と思っております。 それでは、当時お付き合いして下さった方々、新たに読んで下さった方々…本当に、ありがとうございました。
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涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ 何か、とてつもなく面白い夢を見た気がした月曜日の朝。 ただ、それが何かをどうしても思い出せないまま、いつものように強制ハイキングコースを踏破し、休日明けの気だるさを感じながら、教室へと入った途端、 「ほら見てキョン! 一気に下書きまでだけど最後まで書きあげたわ!」 赤道直下の真夏の笑顔でハルヒは俺に三十枚はあろうかというA4用紙を突き付けてきた。 「てーと、一昨日言ってたアレか?」 「うん。なんかその日の晩、バンバンアイディアが出ちゃって昨日一日、これに費やしてたのよ。でもまあ、こういうのも悪くないわ。自分の想像が瞬時にそこに現れるんだから」 なるほどな。 俺が一昨日、何気に呟いたクリエイターの話にハルヒが乗った訳だが、それにしてもここまでやるとはね。いやマジで恐れ入ったよ。 相変わらずとんでもないバイタリティだ。 …… …… …… 何だ? 妙な違和感を感じたような気がしたんだが…… まあいいだろう。おそらく気のせいだ。 「んじゃあまあ、どれどれ」 呟き、俺は原稿に目を通す。 ほほぉ。文化祭の時の映画の続編か。 さすがはハルヒ。多方面に高い才能があるのはここにも表れている。 下書き段階とはいえ、臨場感もあるし、キャラクターの表情も豊かだ。んでコマ割も完璧に近いものがある。絵ももちろんレベルが高い。 あーでもページにまたがる見開きはやらなくていいぞ。 「へぇ、今回はユキも味方になるんだな」 「ふっふうん♪ 少年漫画の王道ってやつよ! 昨日の敵は今日の友! それにやっぱSOS団の誰かを敵にしたくないしね!」 それはいい傾向だ。お前が長門、朝比奈さん、古泉のことが大事になってきている証拠だ。 「ん? 何だ? ひょっとして俺も出てくるのか……?」 少し渋面を作って感想を述べる俺に、ハルヒが、あの悪だくみニヤリ笑いを浮かべて、 「感謝しなさいよ。あんたにも役を作ってあげたんだから。でもまあ、あんたには何の特徴もないからね。だからバトルには参加させられなかったけど」 自信満々に説明してくれる。 ……別に無理に俺の役なんぞ作らなくてもいいのだが……モブキャラにだってできないだろうに…… って、 「おい、俺が何で異世界人とやらと知り合いなんだよ? いったいどういう伏線で?」 「決まってるじゃない。サイドストーリーよ」 「あのなあ、どこにサイドストーリーがあったんだよ。読者に想像力を働かせろってか?」 「別にいいじゃない。今回、初めてやってみたんだから、次回はもっと良くなるわよ。それよりも続きを見てよ」 「ああ解った……」 ふむふむ。 ユキが味方として蘇ってきたのは異世界人ではあるが同じ『魔法使い』の彼女の言葉に心を動かされて、か。 「ところでハルヒ、この異世界人の魔法使いって、ユキと比べると随分、派手な姿の魔法使いだな。バニーとかチアまではいかんがノースリーシャツにホットパンツで生足全開て。結構露出度も高いし」 「はぁ? それくらいで何で『派手』なのよ?」 「それに、この魔法使いの髪の色って桃色だろ? 充分派手だと思うが?」 「へっ?」 あん? 何だ? ハトが豆鉄砲喰らった顔して。 「いや……何であんたがその魔法使いの髪の色が桃色だなんて分かったのかなって……? まだ下絵段階だし、あたしも言ってないし、別に着色もしてないのに……」 え? あ、そう言えば何で俺は桃色だなんて考えたんだろ……いや待てよ? 「ハルヒ、お前今、『分かった』って言ったよな? てことはお前も桃色にするつもりだったってことか?」 「う、うん……でもまさかキョンに気づかれるとは思わなかったけど……」 二人しばし沈黙。 ぐ、偶然だよな…… 「ま、まあそれはお前の行動パターンだから俺が読めたってことだ! 深く考えなくてもいいだろう!」 「そ、そうね! なんだかんだ言ってもあたしとあんたは一緒にいることが多いもんね! お互いがお互いの考えなんておおよそ見当つくわよね!」 そうだそうだ。俺とハルヒの付き合いだ。そうこともあるさ。 で、実は後々思ったんだが、どうも俺たちのこの会話の時の教室中の視線がなんとも生暖かったようなのだ。 当然、今の俺は気付くことなんてできなかったがな。 さて、それよりも続きを…… 「……なあハルヒ、これ、本当に長門なのか?」 「どういう意味?」 俺が指差したのは異世界の魔法使いと供に戦うユキのシーン。 「いや……なんとなく長門なんだけど長門じゃないような気がしてな……」 「ああ、それ有希よ間違いなく。ただ、改心したユキはヘアカラーが変化したのよ。グレーアッシュからシアンに。ほら、昔あったじゃない、星座をモチーフにしたプロテクターを着て戦うバトルマンガ。その中の双子座の戦士の性格が二つあって、アニメだと善の時の髪の色はシアン、悪の時の髪の色はグレーだった訳だけどそれに倣ったの」 なるほどな。つーか、よく知ってるなお前。 「ふっふぅん♪ あたしは少女漫画よりも少年漫画の方が好きよ。だって、そっちの方が不思議な展開と力で満ち溢れてるもの」 確かに。というか、お前の朝比奈さんへのセクハラは多分に一部の少年漫画の影響を受けているような気がしてならんかったからな。 …… …… …… 何だ、この感覚は? このマンガの二人、ユキと異世界の魔法使いの立ち振る舞い…… まるで、どこかで見た気がする。 しかもどういうことだ? ハルヒは長門と、と言う風に言っていた。このデッサンも確かに長門のはずなのに…… しかし俺には長門と別の誰かが被っているようにすら見える。 おかしい。そんなことはあり得ない。 だいたい魔法が登場する時点で現実からは外れているんだ。 もし見たことがあるとしたら夢の中以外に答えはないじゃないか。 「どうしたのよ?」 「あ、いや……なんでもない……」 「ん? 変なキョン」 ハルヒは何も気づいていないのだろうか? まあ問うのは止めておくけどな。 こんなことをこいつに言えば、力の限り馬鹿にされるか、俺の頭を切開して夢の中の記憶を引き摺り出そうとするか、するかもしれん。 そんなこんなで今日も放課後だ。 放課後と言えば、もう完璧に習慣化しているので旧館の一角『文芸部室』に勝手に足が向く。 んで、今日はハルヒが掃除当番だから先に着き、長門、朝比奈さん、古泉に軽く挨拶して、長門が読書する姿を横目に捉えながら、朝比奈さんが注いでくれたお茶で喉を潤しつつ、俺の白星しか増えない将棋を古泉と指している。 しばらくするとハルヒが入ってきた。 「ごっめ~~~ん! みんな、揃ってる?」 見ての通りだ。 などと軽く言葉を交わしつつ、今日は月曜日であるにも関わらず、明日がどういう訳か祭日と言うことで、ハルヒは団長机の椅子に仁王立ちになった。 「みんな! 明日は特別不思議探索の日に設定するからね! 集合はいつも通り、光陽園駅北口午前九時! 一番最後に来た奴が奢りだから!」 満面の300W増しの笑顔で高らかに宣言するハルヒ。 まあいつものことだから、今更何の感慨も持たないが。 が、どういう訳か、俺はハルヒの次のセリフに言い知れぬ違和感を抱いたんだ。 「探索目的は、宇宙人、未来人、超能力者、そして異世界人よ! 原点回帰! 明日こそ必ず見つけるわよ!」 いったいどういうことなんだ? これはいつもハルヒが言っていることじゃないか。 どうして俺は違和感を抱くんだ? などと言う俺の内に広がる違和感は、しかしいずれ時が経てば水面に広がる波紋のように消えていくんだろうな、という思考も頭を過った。 と、このときはかなり気楽に考えいたのだが。 どういう訳だろう? どうやら違和感を抱いていたのは俺だけではなかったらしい。そのことは翌日の不思議探索で知らされることになる。 「ねえキョン」 「何だ?」 何の因果か、いつも通り俺が一番遅かったんで、いつも通りみんなにお茶を奢って、いつも通り班分けしたのが今日に限ってはいつもと違い、同じ班になったのはハルヒだったりする。 で、最初はなかなかテンションが高かったハルヒなんだが、公園から街中を散策する道すがら、どんどん神妙になっていった。 これは何を意味するのだろう? 「うん……昨日、見てもらった漫画なんだけどね」 「あれか」 「アレって妙なのよ。昨日、キョンが指摘した通りで、あたしも家でもう一回読み返してみたらキョンと同じ感想を抱いたの」 「と言うと、異世界人の魔法使いの髪の色が桃色だったり、ユキの髪の色がシアンだったり雰囲気が違うって言ってたことか?」 「そうよ。あたしもそう感じたの。あの感覚って何なのかな? 実のところ、既視感ってのとも違う気がしてるのよね」 確かにな。それは俺も思ったことだ。 「しかし、だとするとどういう意味になるんだ? それじゃあまるで、俺たちはそういうことがあったのに記憶を操作されて記憶を消された、ってことになるのか?」 などと言った俺が馬鹿だった、なんて普段の俺ならそう思うかもしれん。 もっとも、今回は違った。 「あ……!」 ハルヒが愕然とした声を漏らす。 「まさか……!」 俺もまた、自分が導き出した答えに言い知れぬ驚きの声を漏らしたんだ。 そして二人して自分の懐をまさぐり、同時にお互いに手の中の物を見せ合う。 それは、まったく記憶にない、しかし持っていた、と確信を持って言えるものだった。 俺たちは淡い光沢を放つ神秘的な黒い石を互いに見せ合って、 「キョン、もしかしてあたしたち、この石の持ち主、宇宙人だか未来人だか超能力者だか異世界人だか知らないけど、そういう存在に遭ったのかな?」 「かもしれないな。俺もそんな気がした」 「てことはさ!」 ハルヒの笑顔が300W増しプラスさらなる輝きを放つ。 「また遭えるかもしれないわね! んで今度こそ、記憶を消されないように友好関係を結ばなきゃ!」 ああそうだ。 何故だろう? 俺はこのとき、ハルヒの提案をいつものように聞き流すでもなく、本気で受け入れる気概を抱いたんだ。 理由か? そうだな。おそらくは忘れていけない何かを忘れさせられてしまったからだろう。 確信はない。しかし漠然とではあるがそう感じる自分が居る。 そして、おそらく――いや、間違いなくハルヒも同じことを考えただろうぜ。 どこの誰かは判らん。俺たちの記憶を消した理由も知らん。 けどな、ハルヒ相手に記憶操作なんて大胆な真似をしたところで、完全に消すことなんざできる訳がないんだ。 近いか遠いかは知らんが、将来、必ずあんたのことを思い出すだろうよ。 そうなったら、ハルヒがどういう行動に出るかは容易に予想できるってもんだ。 もちろん、その時は俺もハルヒに付き合うぜ。 おっと、ハルヒと俺だけじゃないよな。 ハルヒが会心の勝ち気な笑顔を浮かべて空を指差している。 「待ってなさいよ! 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内のどれか一つの肩書を持った人! あたしとSOS団が必ず見つけ出してあげるんだから!」 だとさ。正体不明の誰かさん。 涼宮ハルヒの遡及(完)
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(分裂αパターン終了時までの設定で書いてます。) 朝、八時。 いつもならもう少し早く起きているところなのだが、何故か今日だけは寝坊した。 別に遅刻の可能性を心配するほどの遅れではない。HR前にハルヒと会話する時間が減る程度の話だ。 早い時間に登校すれば新入部員選抜についていろいろと面倒なことをぬかすだろうから、ちょうどいいと言うべきだろう。 眠気のとれない朝にきびきびと行動しろというのはとても酷だ。 トーストに目玉焼き、煮出しすぎて苦くなったコーヒーを腹に流し込み、だるい感じで家を出る。 犬がやかましいほど吠える家の横を過ぎ、大通りを歩く。 いつもより遅く家をでたからなのか、普段見る顔が少ないな・・・いや、高校生自体が少ない。 もしかすると、俺は思ったよりもヤバイ状況なのではないかという思考が頭を掠めた。 時計代わりにしているケータイを取り出そうとポケットをあさったが、無い。 ・・・寝ぼけて忘れてきたらしい。 余裕かましてたらたらと飯を食っている場合ではなかったな。 現在時刻も分からず、周りを見回しても北高の生徒が見つからない。 遅刻を覚悟するべきだろう。 ちなみに言うが、北高に通いはじめてからこれまで一度も遅刻したことなどない。 SOS団の集まりではいつも五分前どころか三十分前行動をしなければいけないくらいなんだからな。 久しぶりに、全速力で大通りを駆け抜ける。 効果音をつけたくなるほどの速さではないが、俺にしてはかなり急いでいるつもりだ。 こんなに走るのはいつ以来だろうか・・・などと考えているうちに、坂が見えてきた。 俺たち北高生を苦しめる早朝ハイキングコース。 通学路の最後の砦。最後の試練とも言うべきか。 持てるすべての力をふりしぼり(おおげさか?)坂道を駆け上がろうとしたその時。 ついさっきまで誰もいなかったはずの俺の眼前に 人が・・・急に現れたような感覚がして 止まれず・・・・衝突した。 「痛ってぇなこの野郎!!・・・って」 「痛た・・・って、あ!!」 「おまえは・・・」「あなたは・・・」 『昨日の!!』 俺がぶつかったのは、昨日文芸部室(現SOS団アジト)に来ていたあの子だった。 ハルヒの話を聞いたあと、自ら拍手を始めたただ一人の女子。 そんな無垢な少女に「この野郎!!」などと汚い言葉を吐いた自分を責める気持ちである、が。 その前にするべきは・・・早く起き上がることだった。 長門と同じくらいの背丈。体重は長門よりも軽いはず。 なのに一年生のころのハルヒと張り合えるくらいの胸を有している彼女は、 真っ直ぐ走る俺の真横から来たそいつは今、俺の上にかぶさっている。 大きすぎず、かといって物足りなさを感じるほど小さいわけではない胸が俺の体に・・・って!! そんなふしだらな考えをしている場合ではない。 通行人の視線が・・・ものすごく痛いからだ。 「頼むから、早く起き上がってくれ。周りの目が気になるから・・・」 俺の言葉で自分たちの置かれている状況に気がついたのか、急に驚いて飛び上がった。 「あ!!・・・・・ご、ごめんなさい」 「いや、こっちこそ悪かったな」 むしろ、ありがとうと言いたいくらいである。おかげで眠気が覚めたしな。 「急いでいたんだ。寝坊してな・・・ケータイ忘れてくるくらい寝ぼけてた」 俺のことを心配してくれたのか、 「そうなんですか・・・・大変だったんですね」 と気遣ってくれた。やはり、昨日来た一年生の中では一番優秀なのかもしれない。 「それで・・・今何時か分かるか? ケータイも腕時計も無くて分からないんだよ」 そう俺に言われて、左腕につけた腕時計をちらっと見た。 小さめの、かわいらしいアナログ時計だ。 「えっと・・・八時十七分です」 遅刻三分前だ。生活指導の教師が玄関で睨みを効かせてるころだろう。 この坂道だ。全速力でもどうなるか・・・・分かったものではない。 っと、不安がるばかりの俺の思考を、その女子の言葉が遮った。 「走りましょう、先輩!!」 久しぶりに「キョン」以外の名称で呼ばれたような気がするが。 「あ、あぁ」 日差しを跳ね返すアスファルト。くぼみにできた水溜り。 木々に芽生えた若葉。それにとまる虫たち。 まさしく春の風景というべき様子の坂道を駆ける。 ・・・初々しい後輩と共に。 「はぁ・・はぁ・・・」 「何とか間にあったな・・・ぎりぎりだ」 「そうですね、先輩・・・あ、先輩の名前って何でしたっけ」 「ん、名前か?」 「はい。先輩の名前って何ですか?」 ・・・ついに来た。俺の名前を出せる瞬間が!! 皆様、発表しよう。俺の、俺の本名は・・・!! 「・・・あ!! 思い出した!! たしか、「キョン」でしたっけ?」 少し遅かったようだ。 「え、いや、それはあだ名で・・本名はだな、」 「いいえ。団長さんが「キョン」って呼んでいるんですから、見習わないと」 そんなとこ見習わないでくれよ。 「じゃあ、また会いましょうね、キョンさん」 「あぁ・・・またな」 俺の名前を出せる日はいつになるのやら。 ・・・って待て。あいつの名前を俺は聞いていないじゃないか。 「おーい、後輩」 「何ですか? キョンさん」 「お前の名前、まだ聞いてなかっただろ」 「あたしですか? あたしは、[わたぁし]です」 [わたぁし]・・・以前かかってきた電話の主が名乗っていたかな。 「この前の電話はお前か」 「えぇ。 近くに住んでいる先輩に番号を聞いたんです」 誰だ。他人の電話番号を知らない奴に教えるなんて・・・。 個人情報保護法ってのがあるのによ。 「秘密です。言わないようにって言われたので」 ますます気になるが・・・。 「それよりも、ちゃんと名を名乗ってくれ。[わたぁし]じゃわけが分からん」 「あ・・・やっぱり説明しなきゃだめですか」 「説明って、どういう意味だ?」 「[わたぁし]って言うのには理由があるんですよ。えっと・・・生徒手帳どこにしまったっけ・・・あ、あった」 生徒手帳を出した後輩は、顔写真の貼ってある方を俺の目の前に出した。 そこに書いてあった文字を見る。 「渡 舞衣。普通なら[わたり まい]って読むんですけど」 「[わたし まい]って読むわけか」 それで一人称を「あたし」にしないとややこしいわけだ。 [わたぁし]と強調するのは「わたし」と区別するため、か。 お互い、変な名前なんだな・・・ホントに。 「そういうことです。それじゃ!!」 そう言って、一目散に駆け出していった。 元気があって初々しい。一年生の鑑だ。 ・・・さて、俺もそろそろ教室に向かわなくてはいけないな。 チャイムが鳴ってしまう前に。 谷口や国木田、そして我がSOS団の長。 涼宮ハルヒの居る教室に。
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声のした方に顔を向ける。 「古泉か。……ここは?」 「病院です。冬の時と同じ部屋ですよ」 古泉の話を聞くと、どうやら前回と同じように、俺は倒れて病院に運ばれたということになっているようだ。 「今はいつだ?俺はどのくらい眠ってたんだ?」 「今が夕方ですから、ほぼ丸一日といったところですね」 「今日の部活は?」 「もちろん中止ですよ」 そう言って古泉は右手を大きく動かす。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第六章― その先には俺の看病をしてくれて疲れているのか、眠っているハルヒの姿が見える。 「ちなみに涼宮さんは今日は学校にも来ていません」 じゃあハルヒはずっとここにいてくれたってことなのか? 「そういうことになりますね。かなり心配していたようですよ。ところで……」 古泉はほんの少しばかり真剣な顔つきになる。 「今回は一体何が起こったのでしょうか?」 ということは古泉は何もわかってないのか? 「昨日の昼間にかなり大きめの閉鎖空間が発生しましてね。あるいはそれが関係しているのかと」 ああ、やっぱ閉鎖空間はできてたか。 「その顔は、心当たりがおありで?」 「少しな。たぶん原因は俺のせいだ」 「と、言いますと?」 「ああ、昨日の昼にな……と、その前にこの一日に何が起こったかを話しておこうと思うんだが」 「構いません。どうぞ」 古泉はそう言って手で続きを促す。 「実はな、異世界に行ってたのさ」 ……………… ………… …… この一日について、一部省略しつつも大まかに全てを伝える。 「と、まぁこんな感じだ」 「そんなことが……」 古泉は予想以上に驚いているようだが、そんなに驚くことか? 「いえ、異世界人を呼ぶことが出来るとは思っていませんでしたから」 「そういえば向こうのお前も同じようなこと言ってたな。異世界に干渉するのは難しいとかなんとか そっちの世界にも神がいる可能性がいるから、ハルヒでもそう簡単にはいかないとか」 「ええ、そんなところです。ですから、この世界からあなたをどうすれば連れて行けるのかがわかりません。 例え向こうの涼宮さんがそう望んだとしても、おそらくこちらの涼宮さんが妨害すると思われますし」 そういえば言うの忘れてたな。 「向こうのハルヒの話だと、俺が異世界に行ったのは、向こうのハルヒの力じゃないらしいぜ」 「向こうの涼宮さんには力の自覚があるのですか!?そんな……」 「まぁでも特に問題はなさそうだったぜ。知ってるって言ってもなんとなく程度みたいだったし」 「そうですか……。それは非常に興味深いことですね。 だからといってこちらの涼宮さんに力の事を教えても問題ないと考えるのは早計ですけど」 確かに。向こうのハルヒとこっちのハルヒにはかなり違いがあるようだったしな。 「それにしても、ではどうしてあなたは向こうの世界に行ったのでしょうね。 やはり昼間の閉鎖空間が関係して……!なるほど、そういうことですか」 わかったのか?なるほどって言われても全くわからんぞ。 「昨日の昼に何が起こったか教えていただけますか?」 正直言うとあんまり話したくないことなんだが、言わないと話が進まないよな。 「昨日の昼休みに弁当を食べた後、いつものように谷口、国木田と話をしていたわけだ。 で、これもいつものことだが、谷口が彼女がどうとか話始めたときにハルヒが帰ってきた。 まぁその時は別にどうともなかったんだが、時間が経って二人が去った後にハルヒが聞いてきたんだ。 『あんたも彼女欲しいの』って。俺は欲しくないことはない、みたいな感じで返したと思うが」 「なるほど、やはりそういう話ですか」 やはりって何だ?やはりって。気にくわんな。 「で、俺もハルヒにお前こそどうなんだ、って聞いたらいつもどおり『普通の人間には興味ないのよ』ってさ。 そのハルヒの様子が気に入らなかったのかなんでだかは知らないが、つい熱くなっちまって、 普通じゃない人間なんか見つかりっこないんだから、普通の人間で満足するしかないんだよ、って、 ちょっとばかり声を荒げちまったのさ。そうしたら『うっさい、だまれ!』って怒鳴られた。 たぶんかなり怒ってるんだろうが、それ以降は全く口をきいてくれなかった」 古泉はクックッ、と変な笑い方をして言う。 その笑い方はやめろ。気色が悪い。 「それはあなたが悪いですね」 「そうだな。そんなムキになるところじゃないよな」「いえいえ、違いますよ。あなたが素直じゃないのがいけないのですよ」 そう言ってまた笑う。 何を言ってるんだこいつは?全くわからんぞ。 「まぁそれでも結構ですよ。とりあえず何が起こったかについてはおおよそ見当がつきました」 まじでか?じゃあ、どうして俺は異世界に? 「結論から言いますと、あなたはこちらの涼宮さんによって異世界に飛ばされたのですよ」 飛ばされた?そんなことができるのか? 「異世界から連れてくるよりは、異世界に飛ばす方が簡単だということはなんとなくイメージできるかと」 まぁ確かにそう言われてみれば、ポンっと飛ばすだけならそう難しくはないような気はするな。 「ということは、ハルヒが怒って俺に愛想をつかしちまってことだな」 「いいえ、違います。むしろ逆です」 またこいつはおかしなことを言い出した。逆ならなんで飛ばされる必要があるんだ。 「では簡潔に聞きますが、あなたは涼宮さんのことが好きですね?」 「………」 「ふふっ、あなたの態度は口と違っていつ見ても素直ですね。で、涼宮さんもそれをある程度は感じています。 まぁ涼宮さんは恋愛感情などに疎い方ですから、確信があるというほどではないでしょうね」 「その話が何の関係があるんだ?」 俺の質問を聞いているのかいないのか、古泉は変わらない調子だ。 「先ほどあなたは涼宮さんが『普通の人間には興味ない』と言ったと言いましたが、それは嘘です。 彼女は普通の人間にも興味を持っています。いえ、持てるようになったというべきですか。あなたのおかげで。 ですが、彼女も頑固な人です。『普通の人間でもいい』と簡単には言えないのですよ。 つまり、彼女もその頑固さ、意地ですかね。それと感情のジレンマに悩まされているというわけです」 「話が全く見えてこないが、どちらにしろハルヒは俺にいなくなって欲しいと思ったんじゃないのか?」 「ですから、その全く逆です。彼女はあなたにずっと側にいて欲しいと願っています」 「ずっと側にいて欲しい人間を異世界に飛ばす人間の気持ちが俺には全く理解できないんだが?」 やれやれ、と言って古泉は大きく息をつく。 くそっ、なんかムカつくな。 「これは例え話ですが、涼宮さんがあなたのことを好きになってしまったとします。涼宮さんはその気持ちを伝えたい。 ですが、普通の人間であるあなたにたいしてそのような感情を抱くことは自分の主義に反することになる。 いえ、この場合は主義というよりも思想ですかね。それは涼宮さんのアイデンティティーとも言えます。 それを覆すということは、自分自身の否定に他ならない。だからこそその感情を認めるわけにはいかない。 ですが、そうは言ってもあなたには側にいて欲しい。それは事実です。ならばどうすればよいでしょうか」 知らん。どうにもならないんじゃないのか? 「いいえ、答えは簡単です。あなたを普通の人間じゃなくしてしまえばいいのですよ」 こいつはまたとんでもないことを言い出した。 「そんな無茶な。じゃあ俺に変な力が生まれたとか言うんじゃないだろうな?」 「いえ、おそらく涼宮さんはあなたに特殊な能力を持たせることは望んでいません。 なぜなら、涼宮さんが好きになったのはあくまで何の力も持たない普通の人間のあなたなのですから。 自分への言い訳のために、申し訳程度にあなたに特殊な属性を付加したにすぎません。 それが、異世界人という属性です」 「いや、異世界人と言っても俺はこの世界の人間だぜ?」 「ご心配なく。涼宮さんはあまり通常の設定をしないようなので。例えば僕の力もそうです。 涼宮さんは超能力者を望みましたが、僕の力は一般人が想像する超能力とはかけ離れています。 長門さんにしてもそうです。彼女も、UFOでやってくるようなごく一般的な宇宙人ではありません。 それに比べれば、あなたはまだ普通の異世界人とも言えると思いますが」 そう言われてみれば変だな。ハルヒは普通の超能力者すら嫌なのか?わけわからん。 長門に至っては本当にわけのわからん存在だしな。朝比奈さんにも何かあるのか? 「言うなれば、あなたは他所に行ってしまった転校生が、再び転校して戻ってきたようなものです。 まぁどちらにしろ転校生というわけですね」 古泉はわかりやすいのかわかりづらいのかよくわからん微妙な例えを出してきた。 「つまりハルヒは俺を異世界人にするためだけに、俺を異世界に飛ばしたって言うのか?」 「おそらくはそうです。その証拠にちゃんとここに呼び戻されているでしょう?」 行っていたのはたった一日だしな。確かに一試合でも投げれば肩書きは元メジャーリーガーになるもんな。 それにしても……、 「俺が異世界人になるってのはそこまで重要なことなのか?」 「そうですね。かなり重要かと」 そうは思えないんだがな。そんなにこだわることか? 古泉め、また笑ってやがる。くそっ。 「女性にとっては言い訳というものが非常に重要になります。 例えばデートに誘われたからといって、簡単に誘いにのると軽いと思われるのでは、という不安があります。 ですが、相手から何度も誘われることによってその気持ちは少し変わってきます。 『別に私が行きたいわけじゃないが、これだけ熱心なのだから付き合ってあげよう』と。これが言い訳です。 要するにそれと同じことです。『普通の人なら断るんだけど異世界人なら仕方ないよね』というわけです。 涼宮さんは言っていたのでしょう?『普通の人間じゃなければなんでもいい』と。ですから同じことです。 異世界人だからあなたと付き合ってあげる。別にあなたのことを好きになってしまったからではない。というわけです」 何かあまりよくわからんような微妙な話だが、 「まぁいい。とにかくお前の言うことが当たっているならば、俺が再び飛ばされることはないってわけだな?」 「おそらくは。もし何らかの他の意図がある場合にはわかりませんが」 そうか。ってことはこれで一件落着ってことだな。とりあえず安心だ。 「何をおっしゃるんですか。あなたにはまだ重要な仕事が残っているじゃないですか」 重要?仕事?何のことです? 「おや、とぼけるおつもりで?何のためにあなたは異世界まで行ったと思っているのですか?」 ……わかってるよ。 「……ちゃんとやるよ。そのつもりだ。それにその方がお前も助かるんだろ。」 「もちろんそうですが、どちらかというと僕は一人の友人として応援しているのですよ」 はいはい、ありがとよ。「まぁそういうことです。……涼宮さん!起きてください。彼が目を覚ましましたよ」 古泉はハルヒに呼びかけながら肩を揺する。 「……ん、古泉くん……?ってキョン起きたの!?あんたあたしがどれだけ心配したと思ってんのよ。 あ、いや、心配っていってもほら、だ、団長だから団員のこと心配するのは当たり前でしょ」 「……ああ、心配かけてすまん。ありがとよ」 「ま、ちゃんと目を覚ましたならいいわ。見た感じだいじょぶそうだし」 古泉がふと立ち上がりドアの方へ向かう。 「何かお二人に飲み物でも買ってきますね。……では、お願いします」 出ていく前に俺の方を向いて気持ちの悪い笑みを浮かべてきやがった。 そして、ここでハルヒと二人きりになった。 ◇◇◇◇◇ 最終章へ
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ハルヒのおかげかそうでないのか、俺は無事進級できたわけだ いや、ハルヒがやけにうれしそうに俺に勉強を教えてくれたおかげなのかもな 三月のホワイトデーという難関も無事に突破し、春休みの半分以上はSOS団活動で 終わった。 新学期、幸か不幸か俺はまたハルヒと同じクラスになり、席も相変わらずだ まあ他の面子にはあまり変わりが無く、俺も少しほっとしたわけだ 俺たちは今二年生なわけで当然、新入生も入ってきた 俺は新入生を見て、俺もあんな初々しかったのかな、などと感慨にふけり でも実際は一年しか経っていないわけで、新入生とあまり変わっていないのだと思う ハルヒは新入生の調査で忙しいらしく、新学期が始まって一週間はまともに部室には来なかった またとんでも属性の人を連れてこないのか若干ひやひやしてたが そんなことはなく結局ハルヒは誰も連れてくることはなかった もし仮にハルヒがまた変なやつを連れてきても、俺は甘んじてそれを受け入れるがな そしてSOS団のメンバーに変わりはなく、この五人で活動している 活動と言っても、特に何もしてないのだが 今は五月、一年生が学校に慣れてきて少々うるさい時期である 俺はそんなことは気にせず、いつもどおりの生活を送っていた ちょっと刺激が足りない気がするが、ナイフを持った女子に追い掛け回されたり でかい虫に追いかけられたり、そんなことはもう勘弁してもらいたいからな 今に、ハルヒがまたドアを破るように開け厄介ごとを持って来るさ 今の俺にはそれくらいがちょうどいいのさ しかしここ最近ハルヒの様子がおかしい おかしいと言っても何がおかしいのかよくわからない 授業中は俺を突いてくるし、休み時間になると教室からいなくなる 行動自体はなんら普段と変わりないのだが、おかしい そのことに気づいてから一週間が経ち、俺は少し心配していた 他の団員は気づいてないのだろうかと思い、あまり気が進まんが古泉あたりに聞いてみよう 「なあ古泉」 「なんですか」 「ここ最近ハルヒの様子がおかしくないか?」 「おかしいとは、どのようにおかしいんですか?」 「いやうまく説明できないんだが、なんとなくな」 「また何か良からぬ企画を練ってるんじゃないですか?」 「まあそういうことならいいんだが、なんか違う気がするんだよ」 「しかし僕から見た限りいつもの涼宮さんに見受けられましたけど」 「俺の勘違いならそれでいいんだ」 「あなたにしては珍しく涼宮さんの心配ですか?ですが機関からも何も報告は来てませんし 特に何もないと思いますよ」 「そうか」 俺の勘違いなのか?だがまだ疑念は拭えない 手っ取り早く長門に聞くとするか、あいつならずばり答えてくれるだろうし 「長門」 「なに」 「ここ最近ハルヒの様子がおかしくないか?」 「……質問の意図が理解しかねる」 「だからなんていうか、最近どことなくいつもと違くないか?」 「涼宮ハルヒからは異常は感知していない」 「そうか」 長門がこう言うんだからそうだとは思うんだが 多分同じ答えが返ってくるだろうけど、朝比奈さんにも聞いてみるか 「朝比奈さん」 「なんでしょう」 「最近ハルヒを見てて、なにか様子がおかしいと感じませんでしたか?」 「え?特に何もおかしいところはなかったと思いますよ。涼宮さんと何かあったんですか?」 「あ、いえ何もないですよ。俺の勘違いでしょう」 「ふふっ変なキョン君」 期待はしてなかったが同じ答えが返ってきたか 三人とも何も感じないのか?俺にはなんか無理に明るく振舞ってるように見えるんだが 直接聞いてみるか 次の日 掃除を終わらせた俺はいつものように部室に行った 珍しいこともあるもんだ、部室にはハルヒしかいなかった 「あれ?ハルヒだけか」 「あたしだけじゃ不都合があるって言うの?」 「いやむしろ好都合だ」 「へ?」 「いや、それより他の連中はどうしたんだ」 「え?ああ有希はコンピ研に行って、みくるちゃんは進路相談、古泉君はなんか急にバイトとか言って帰ってわ。みんな怠けすぎよ、SOS団を第一に考えるべきだわ」 今更、SOS団が最優先事項になったのは初耳だがあえてつっこまないでおこう 「そうか」 「そうよ。そこんところ今度みんなに教えないとだめね」 「ああ、そうしてくれ」 「……あんた、今日はやけに素直じゃない頭でも打ったの?」 「どこも打ってないし、どこもおかしくなってない」 「そう。変な日もあるわね」 と言いパソコンをいじり始めた 「じゃあ帰ろうぜ。みんな時間かかるみたいだしさ」 「あんたまでサボろうとしてるわけ、そんなの認めるわけないじゃない」 「頼むよ。今日だけ、な?」 両手を合わせ頼んでみる 「…仕方ないわね。今日だけよ、そのかわり帰りに何かおごりなさいよ」 「はいはい」 ハルヒは部室のドアに張り紙をして、俺たちは帰ることになったのだが どう切り出せばいいんだ?『悩みでもあるのか?』こんな直接聞くのもおかしいよな でも聞かないでイライラするより聞いたほうがいいだろう 帰り道 坂を下りながら 「なあハルヒ」 「なによ」 「最近悩み事でもあるのか?」 いきなり立ち止まりやがった、またゆっくりと歩き出し 「何でそんなふうに思ったの?」 「なんとなくだが、ここ最近ハルヒと接してて違和感を覚えてな、いつも通りと言われればそうなんだが、なんか引っかかってな」 「……」 この三点リーダはハルヒのだ。俺はさらに続ける 「なんか、無理に元気出して振舞ってるように見えたんだ。いや俺の勘違いならそれでいいんだ」 「……」 否定も肯定もないハルヒを見るのは初めてだが、やっぱりなにかあるんじゃねーか 「悩みがあるなら話してみろよ。話ならいくらでも聞いてやるぞ」 「……」 「無理に聞こうなんて思ってない、ハルヒが話したくないならそれでいい。男の俺に話しづらい事なら朝比奈さんや長門にでも話してみろよ」 「……」 「俺はいつでも話し聞いてやるから、俺に話して解決するかわかんねーけど、誰かに話したら少しでも気が楽になる事だってあるんだ」 「……」 「あんまり一人で抱え込むんじゃねーぞ。らしくないハルヒを見てるのはつらいんだ」 「……」 その後、俺たちは一言もしゃべらないまま坂を下りた 坂がおわった所でハルヒがようやく話してきた 「いつ気づいたの?」 「一週間か十日ぐらい前かな」 「そう」 「あたしこっちだから」 「あれ?奢らなくていいのか」 「今日は帰るわ」 「そうか」 「じゃあね」 そう言って歩いて帰っていった そのときのハルヒの後姿はとても小さく見えた そのまますっきりしないまま家に着き夕飯を食べ、俺にまとわりついてくる妹をスルーし、部屋に着いた なんだか落ち着かん。何なんだこの感じは? しかしこれ以上考えてもどうにもならん。話したくなったら話してくれるさ そう思い、いつもより早くベッドに入った 明日は土曜日、不思議探索があるしな 深夜、俺もようやく眠りに入った頃に、電話があった 誰なんだこんな夜中に 着信 涼宮ハルヒ いつもならあまり驚かない電話なんだが、昨日あんなこと言っちまったし 眠い目をこすりながらなるべく平静を装いながら電話に出た 「もしもし」 「起きてた?」 寝てたに決まってんじゃねーか何時だと思ってんだ、なんて言えるはずもなく 「ああ、なんとなく寝付けなくてな。どうしたんだ?こんな時間に」 「うん。その今日の帰りのことなんだけど」 「なんだそのことか、やっぱりなんか悩んでるのか?」 「そのことなんだけど、明日キョンの家に行っていい?」 おかしすぎる、こんなふうに言われるなんて数えるほどしかないぞ。いや、なかったか 「俺はかまわんが明日は不思議探索じゃなかったか?」 「そうだったんだけど明日は中止にするわ。ほかのみんなにはあたしから連絡しとくから」 「そっか」 「じゃあおやすみ」 「ああ」 話が終わり、携帯で時間を見てみた。2時15分 ハルヒはこんな時間まで起きてて、電話してきたのか そういや何時に来るか聞いてなかったな、こんな時間まで起きてたんだ朝来ることはないだろう 話の内容が気になるがさすがに眠い、もう一眠りするか 翌朝 朝起きる気はこれっぽちもなかったが、いつも通り妹に起こされてしまった 「キョン君おきて、ハルにゃんが来てるよ」 「なに?今何時だ」 「8時だよ」 いくらなんでも早すぎんだろ 「ハルヒは今どこにいるんだ?」 「居間で待ってもらってるよ。早く起きてきてね」 なんだって?これはマズイ。色々とヤバイ。何がマズイかよくわからんが 俺は急いで服を着替えて、寝癖を直さないまま居間に向かった 幸運なことにそこには親の姿はなく、とてもほっとした 動揺を悟られぬように 「よう、ハルヒ」 「おはよう」 食卓テーブルに座りながら、お茶を飲んでるハルヒがいた 妹はニコニコしながら俺とハルヒを交互に見ている、何が面白いんだおまえは 「来るの早かったな」 「ごめんね。早く起きちゃったから」 初めて聞いたぞそんなセリフ、まさかここはもうすでに違う世界とか ちょっと前の俺ならそんなことも疑うが、昨日のハルヒの様子からしてそうではないだろう 「いや、いいんだ」 こう言うのが精一杯である 「それより他のみんなにはもう連絡したのか?」 「もうしたわ。7時くらいに」 よく起きてたな、まあみんなは不思議探索あると思ってんだし起きてるか それよりここにハルヒをおいとくわけにもいかんな 「ハルヒ、俺の部屋に行っててくれないか」 「わかったわ。じゃあ先に行ってるね」 「ああ」 ハルヒについていこうとする妹を捕まえ、今日は俺の部屋に入るなと何度も言い聞かせていた 「むぅ~わかったよ。キョン君のイジワル」 何とでも言ってくれ 俺は手早く寝癖を直し、パンを食べ、部屋に戻った ノックしたほうがいいよな 「どうぞ」 床に正座で座り、窓の外を見ているハルヒがいた。何を見てるんだ? 「おそかったわね」 「そうか?」 「そうよ」 ハルヒの向かいに座り、テーブルの上に手を置き 「で、どうしたんだ?」 「昨日あんた言ってくれたでしょ?悩みがあるなら聞いてくれるって。本当は話す気なんかなかった。あんたに話してもどうしようもないことだから。でも、もうちょっと疲れたみたい、あんたに頼るなんて。」 「……」 「昨日の帰りに何も言わなかったのは、ビックリしたからなの。何で気づいたの?どこでばれたの?そう思って何も言えなかった。でも嬉しかったの。こういう時だからこそいつも通り明るく振舞おうとしてた。実際いつも通りにしてたと思うわ。でもキョンは気付いてくれた。それが嬉しかったの」 「……」 「だから話そうと思って来たの、あんたは今から言うことを黙って聞いてほしい。聞くだけでいい解決してほしいなんて思わないから」 「わかった。遠慮なく言ってくれ」 「うちの親、離婚しそうなの」 ……それは悩むよな。そうか。 「二週間ぐらい前からなんかギクシャクしてたの。夫婦喧嘩なら今まで何回も見てきたけど今回はなんか違ったわ。その何日か後に家に帰ったら怒鳴り声が聞こえたの」 「お母さんがよく怒鳴ってるのは聞くけど、今回は二人そろってデカイ声出して喧嘩してた『おまえは何もわかってない』『あんたこそ何考えてるのかしら』そんなことを言ってたわいつもなら親父がすぐ謝るんだけど、今回それはなかったわ」 「夜になったらまた喧嘩しだすし、あたしも止めるんだけど、うまくいかなくて」 「喧嘩の原因を二人に聞いても、『母さんに聞いてくれ』『お父さんに聞いたら』なんて事しか言わないの。訳わかんないわよ」 「それで一昨日、お母さんが独り言みたいに『離婚しようかしら』なんて言うのよ。今までそんな事聞いた事ないからひどく悩んだの。ここ最近まともに寝てないし。昨日も」 「……そうか」 なんて言ってやればいいかわからない。今に仲直りするさ、こんな無責任な事言えんし また俺はこんな事しか言えないのか。情けない 「そうよ」 おもむろにハルヒは立ち上がり、俺の横に座って俺の肩をつかみながら 「どうすればいいの?」 そう言って俺の肩を前後にゆすり始めた 涙を流しながら 「ねえ、教えてよ。どうすればいいのよ。教えなさいよ」 俺は下を向いて俯くことしか出来なかった 「どうっうぅすればっいいっの?」 ハルヒは俺の肩から手を離し、俺の胸で泣き始めた。ハルヒの手は俺の背中に回され俺の背中に爪を立ててしがみついている 「うっうっうっ」 声をあまり上げずに苦しみながら泣いているハルヒを見て、俺もとても苦しかった ハルヒにロックされてない右手でハルヒの頭をそっと撫ぜてやる これくらいしか出来なくてごめんな 何十分そうしていただろうか、背中にまわされた手の力が弱くなってる事に気がついた 泣き声も出していない。ハルヒの手をそっと離し顔を見てみる 寝てる 涙のあとがくっきりついた顔で寝てる。とても安心した顔で 寝てないって言ってたもんな。出来るだけ衝撃を与えないようにしてハルヒを抱き上げて俺のベットに寝させた ハルヒを抱き上げてみてとても軽い事に気付いた。やっぱ女の子なんだよな ハルヒは体を丸め、こちらを向きながら寝ている これ以上ハルヒの寝顔を盗み見する趣味はないので、俺は自分の部屋を出て居間に向かった 連絡しときたい相手もいたしな。トイレに入り携帯を見てみる 着信あり 12件 やはりな。その内1件は朝比奈さん、残りは古泉 気持ちはわかるんだがちょっとかけすぎじゃないか 俺は着信履歴の三分の一以上を占めてる古泉の名を見て、気分が悪くなった でも、かけてやるか 便器に座ったまま、古泉に電話した 「お待ちしてました」 おい、ワンコールで出るなよ。 「おまえに待たれてもうれしくないな」 「まあそう言わないでくださいよ。今朝、涼宮さんから電話がありまして、いきなり今日は中止だから、と言われまして。いつもならただの気まぐれだろうと思うんですけど、どこか様子がおかしかったものですから。あなたに連絡してみたんですけど」 「出なかった、か」 「そこで機関に連絡して、涼宮さんの事について色々調べさせてもらいました」 「あまりいい趣味とは言えんな」 「申し訳ございません。何分、あまりいい事態が起こってるとは思えなかったものですから。今涼宮さんはそちらにいらっしゃるんですよね?」 「俺の部屋で寝てる」 「そうですか」 「おまえはどこまで知ってるんだ?」 「ええ、涼宮さんのご両親の仲が最近あまりよくないことしかわかりませんでした」 「そうか。それで今大変なのか?閉鎖空間だかは」 「いえ、閉鎖空間は発生してませんよ」 「なんだと?」 あんなに不安げにしてたのにどうしてだ? 「あなたがこちらの心配をしてくれるのはうれしいですが、やはり何かあったんですか?」 「いや大丈夫だ。ハルヒが起きたら家まで送っていくよ」 「わかりました。少々心配したんですけどあなたがご一緒してるなら大丈夫そうですね。何かありましたら連絡ください」 「ああ」 「それとあんなに電話して申し訳ありませんでした。それではまた」 とは言ったものの、どうするべきか 古泉はあまり状況把握が出来てないみたいだし、あいつらしくない 朝比奈さんには今日あった事を伏せて電話しておいた。俺に話してくれたんだ、あまりベラベラしゃべるのはよくないよな 時計を見ると、もう4時を過ぎていた そろそろ起きてるかな、そう思い部屋に戻った まだ寝てるか、俺はベットによしかかり何か言ってやれることはないのか、必死に考えていた でも他人が夫婦仲に入って、何か言うのもなあ 「はぁ」 何も思い浮かばん。これ以上考えても駄目だな 俺はいつも通り振舞うしかないな。ハルヒに余計な心配かけたくないし それしかないな 色々と考えていたが『ガバッ』と音が聞こえるような勢いでハルヒが起きた 「ようやくお目覚めか」 ハルヒは俺を一瞥し周りをきょろきょろ見て 「あれ?あたし寝ちゃったの?」 「ああ、起こすのもかわいそうなくらいぐっすりな」 「そっか」 急に顔を真っ赤にして、俺から視線をはずした 「今何時?」 「8時ちょい過ぎだ」 「なんですって?……あたし何時間寝てたの?」 「8、9時間ぐらいじゃなのか?」 「そ、そんなに寝てたの?」 「ああ」 それから俺の方に向き直り、何かを決意したのか話し始めた 「今日は話を聞いてくれてありがとう」 なんと?聞いたことないぞそんな言葉 「あんたの言った通りね、全部話したらスッキリしたわ。もう涙が出ない位泣いたし」 「さっきはあんたに話しを聞いてくれるだけでいい、なんて言っといてあんなことしてごめ「そういえば他のみんなも心配してたぞ、いきなり不思議探索が中止になったから」 ハルヒが何を言おうとしてるかわかったから、わざと割り込ませた これが今俺に出来ることさ、これ以上ハルヒの口からそんなこと言わせたくないからな 「……そっか」 「他のみんなには何も言ってないから心配すんな」 「うん」 それからしばらくの沈黙が続いた 「あーなんか久々に寝た気がするわ。スッキリしたらお腹へってきちゃった、今日何も食べてない もの。そろそろ家に帰るわ」 「そうか。じゃあ送ってくよ」 「いいわよ、そんなことしなくて。一人で帰れるわ」 「駄目だ」 「何が駄目なのよ、でもどうしてもって言うなら許可するわ」 「じゃあどうしてもだ」 「仕方ないわね、じゃあお願いするわ」 少し元気が出たみたいだな それから家を出て、自転車で二人乗りしてハルヒの家へ向かった 最初の方、後ろに乗っているハルヒはどこも掴まないで黙って後ろに乗っていた 途中から俺の腰に手を回し、頭を背中に預けて、黙って乗っていた 俺はひたすらペダルを漕ぎ続けた 俺とハルヒは自転車に乗ってから、一言も話さなかった 30分ほど走っただろうか、ようやくハルヒが口を開いた 「この辺でいいわ。止めて」 「ああ」 「じゃあね」 そう言って走って帰っていった 帰り道、ハルヒは後ろに乗っていないのに足が重く、家まで1時間かかった 少し疲れたかな 家についてベットに倒れこむようにして横になり、テレビをつけた もう12時か、そろそろ寝るか そう思い寝ようとしたら、また電話があった ハルヒからだった 「キョン、ちょっと聞いてよ」 随分うれしそうな声だな、いい事でもあったのか 「なんだ?何があったんだ」 「さっき家に着いたら、二人して抱き合ってるのよ。意味わかんないわよ」 「それでね、仲直りしたの?って聞いたのよ。そしたら二人して『喧嘩なんかしてたっけ』なんて言うのよ」 「こんなに悩んだあたしがバカみたいじゃない。でね、どうしても喧嘩の理由が知りたいからしつこく聞いてみたの。そしたら、あたしの進路のことで揉めてたみたいなの」 「進路?」 「そうよ。大学に行かせるだの、なんだのって揉めてたみたいなんだけど、あたしの好きにさせる事で決着がついたみたい。あたしそれを聞いてイライラを通り越して、あきれたわ」 「でも今後こんなことはごめんだから、二人に正座させて今まで説教してたわけ」 俺はハルヒが親に説教してる姿を想像して笑ってしまった。いや親は見たことないけど 「何笑ってんのよ。笑い事じゃないのよ」 「ああ、すまん。それよりおまえは親にまで説教するのか?」 「当たり前じゃない。そんなことに親も子供も関係ないわ」 「おまえらしいな。でもよかったじゃないか、仲直りしてくれて」 「そうね、安心したわ。それより明日、あんた暇?」 「おまえが俺の予定をきくなんて珍しいこともあったもんだな」 「そんなことはどうでもいいじゃない、どっちなのよ。暇なの?」 「暇だが」 「それならもっと素直にはじめから言いなさいよ」 「おまえにだけは、言われたくないね。それで明日なんかあるのか?」 「明日の昼12時にいつもの待ち合わせ場所に来て。じゃあおやすみ」 切りやがった、俺はまだハイもイイエも言っていない気がするのだが しかし今日は何も文句はないね、良かったじゃないか いつも通りのハルヒに戻って 俺は心底安心していた 「はぁよかった」 次の日 いつもより遅く起き、適当に身支度を済ませ家を出た 15分前には着くだろう、俺にとってはいつもより早めだ なんとなく早く出たんだ、そこに深い意味などない 到着 そこにはハルヒしかいなかった、まあ予想はしていたが 「遅い、でも今日は罰金は無し」 「というか遅刻はしてないんだがな」 「いいからここに座んなさい」 そう言ってハルヒが座ってるベンチに座った 「今日は何なんだ?」 「昨日の話しに決まってんじゃない」 「もうあの話は終わったんじゃないのか?」 「詳しいことは全然話してないわ」 それからハルヒは昨日の出来事を話し始めた ハルヒは怒りながら笑い、笑いながら怒り、などととても器用なことをしながら話していた 俺は適当に相槌を打っているだけで話は頭に入ってこなかった とても安心していた、良かった元に戻って、今日はいつもよりさらに元気じゃないか だが、ここで一生の不覚をしでかしてしまった ハルヒは話を急にやめ、俺の顔を覗き込むようにして 「何で泣いてんの?」 「へ?」 驚いたことに俺の目からは涙が出ていたのである 「どうしたの?だいじょうぶ?」 「あ、ああ大丈夫だ」 目を軽くこすりながら、何で泣いてんだ俺、と思っていた 「どっか痛いの?」 「いやそういうんじゃない」 「でも、もう大丈夫なんだよね?」 「ああ」 少し話が途切れ、俺は恥ずかしいことを口にしていた 「たぶんな、たぶん安心したんだ。今日のハルヒを見て安心したんだ」 「え?」 「いつもの元気なハルヒが見れて、安心したんだ」 「そう、なの?」 「ああ、たぶんな」 「俺は昨日おまえに何も言ってやれなかった。おまえが苦しんでるのに気の利いたこと何も言えなかった。本当情けねーよ。昨日はごめんな」 「あんたバカじゃないの?」 「は?」 「あたしがあんたに話してどれだけ元気が出たと思ってんのよ。もしあんたに話してないで一人で抱え込んでたら、なんて考えるだけでぞっとするわ。あんたは黙って話しを聞いてくれた、真剣に、いつもなら変につっこむけど、そんなことなかったでしょ?」 「ああ」 「だからあたしに謝らないで。わかった?」 「わかった」 「よろしい」 「キョンにこの事、相談しなくてもこの問題は解決したと思うの。でもね今はあんたに話してよかったと思ってるの」 「どうしてだ?」 「わかんないの?」 「わからんからきくんだろうが」 「はぁ本当にあんたってあれよね」 「あれってなんだ?」 「教えるわけ無いでしょ」 そう言って勢いよく立ち上がり 「でも、あたし、とても大切なことに気付いたから、今回は辛かったけど、良かったわ」 「何に気付いたって?」 「だーかーら、教えるわけ無いでしょ」 俺の手を取り走り始めた。俺の好きな笑顔で やれやれ ハルヒが気付いた事は結局わからなかったが 今回、俺が気付いた事とハルヒが気付いたことが、同じであると 俺はそう願いたい
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「ただの人間には興味がありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がい たら、あたしのところに来なさい。以上!」 と、受験勉強のストレスから開放されて無事に高校生となり、その初日の挨拶で涼宮ハ ルヒが、かなり電波ゆんゆん……もとい、個性的な自己紹介をしてクラス全員をドン引き させたその日も、今では遠い昔のこと。 その後に続く宇宙人とのファーストコンタクト、未来人との遭遇、地域限定超能力者と の出会いを経てオレが巻き込まれた事件も──時には死にそうな目にあったが──今では いい思い出さ。 そう、すべては思い出になった。 結局、ハルヒの能力は完全になくなりこそはしなかったが、安定の一途を辿り、よほど のショックを与えない限り発現することはないらしい。だから、何かが終わったわけでも なく、何かが始まったわけでもない。結局、非日常的なことはオレたちSOS団にとって 日常的なこととなり、日々はただ流れた。 それぞれの今の状況を、軽く説明しようか。 長門はハルヒ観測の役目がまだ続いているのか、あいつと同じ大学に入学した。ただ、 一人の人間として生きる道も与えられたのか、将来は国会図書館の司書を目指している風 だ。あいつが公務員になるのは、どうも想像できないね。 朝比奈さんは未来へ戻った。いや、明確な別れの言葉を受け取ったわけではないから、 まだちょくちょくとこの時間帯にやってくることはあるようだ。ただ、その風貌は高校生 時代にオレを助けてくれた朝比奈さん(大)に通じる雰囲気となり、過去のオレたちを助 けるために過去と現在と未来を行き来していることだろう。 古泉は若き学生起業家だ。オレと違って頭のデキがよかったのか、それとも『機関』の 後ろ盾があったからなのか、IT関連でそこそこの業績を残している。無論、ハルヒの能 力が完全に消えたわけではないので、地域限定の超能力は健在。年に1回か2回は《神人》 退治をやってるようだが、昔ほどの重圧ではなくなったと言っていた。 そしてハルヒは、何を思ったのか考古学の道を目指して勉学に励んでいる。曰く「歴史 に埋もれた世界の不思議をすべて解き明かすのよ!」と息巻いていたが、まぁ、昔に比べ ると現実的というか、地に足が着いた意見というか、あいつも大人になったということか。 かくいうオレも大人になり──といっても、何が子供で何が大人なのか、その境界線が はっきりしないまま年齢ばかりが上書きされて──今では一人で暮らしている。残念なが ら、ハルヒと同じ大学ではない。 都内の三流……とまでは言わないが、決して一流とも言えない大学に通い、地元での知 り合いとも離れ、オレはオレで我が道を進んでいる。今ではこっちでも知り合いが出来た。 ただまぁ……艶っぽい話は何もないがね。 決してハルヒたちと一緒の道に進むのがイヤだったわけではない。かといって、是が非 でも一緒に進もうと思っていたわけでもない。なんだかんだと、ハルヒたちと過ごした三 年間は楽しかった。ただ、楽しかったからこそ距離を置いた。何故そうしたのかは、オレ がただ単に天の邪鬼だからかもしれないし、ハルヒがオレと距離を置くことを望んだから、 かもしれない。 その切っ掛けはたぶん……いや、間違いなく高校の卒業式だろう。各々の進路も決まり、 オレとハルヒが離ればなれになることが確定事項となっていたその日のことを、オレは今 でもはっきり覚えている。 ……………… ………… …… 形式通りの卒業式が終わり、女子生徒は別れに涙し、男子生徒は三年間恨み続けた教師 にどうやってお礼参りをしてやろうかと話し合う中、オレは毎日の放課後に通っていた文 芸部部室に向かっていた。誰かに呼ばれたわけでも、何か目的があったわけでもない。た だ、今日がこの道を通る最後の日だと思うと、やや感傷的にもなる。 いつもより遅い足取りで部室へ向かい、扉を開けると「あんたも来たの?」と、ハルヒ 一人だけがそこにいた。 「姿が見えないと思ってたが、ここにいたのか」 「そりゃあね、団長たるあたしが高校生活最後の日に、ここへ来るのはあたりまえじゃない」 「おまえでも感傷的になってるってわけか」 「おまえで『も』は余計ね」 パイプ椅子を引っ張り出し、オレは腰を下ろす。ハルヒはオレと2~3会話を交わした だけで、あとは黙って外を見ていた。耐えようがない沈黙、というわけでもないが、いつ も沈黙を守り続ける長門がそこにいるような、落ち着いた気分にもなれない。 オレの視線は自然とハルヒの後ろ姿に向けられていた。 「ねぇ、キョン」 オレの視線に気づいたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、ハルヒの方から 呼びかけてきた。「なんだ?」と返事をするも、こちらに目を向けようとはしない。 「あんた……だけじゃないけど……あたしに隠れて、いつもこそこそ何をしてたの?」 その言葉は、何の話だと惚けられるほど軽いものではなかった。はっきりすべてを知っ ているわけではないが、何かある、と勘の良いこいつは見抜いていたんだろう。 「何って……未来人と一緒に時間旅行をしたり、宇宙人と脅威の謎生物と戦ったり、超能 力者と悪の秘密結社を叩き潰したり……かな」 すべて本当のことだが、オレは努めてふざけ調子でそう言うと、窓の外に顔を向けてい たハルヒは、顔半分を振り向かせてオレを睨んできた。 「……それ、本気で言ってる?」 「本気か冗談か、どっちだと思う?」 「……言いたくないってわけね」 古泉の真似をして、オレは肩をすくめてみせる。出会った当初なら襟首掴まれて締め上 げられるところだが、今ではすっかり丸くなったもんだ。はぁ、っとため息をついて、オ レの方へしっかりと向き直った。 「ま、そういうことにしといてあげる。あたしも……この三年間、楽しかったしね」 どこかメランコリックな表情を見せるハルヒに、オレは気になることを聞いてみた。 「SOS団はこのまま解散か?」 SOS団を作ったのはハルヒだ。だから、解散させるか存続させるかを決定するのは、 ハルヒの役目だ。オレたち団員は……ま、従うだけさ。 「まさか。あんたたちは、あたしの忠実な下僕なの。呼んだらすぐに集まらないと承知し ないわよ。特にあんたは、一番遠くに行っちゃうんだし。遅刻したら、罰金だからね」 ハルヒはオレたちとの繋がりを断ち切ろうと思ってはいないらしい。ただ、それが未来 永劫続くとも思っていなかったんだろう。いつもは語尾にエクスクラメーションマークが 似合うのに、その日に限っては言葉に力がない。 「悪しき慣習のおかげで、罰金に対する免役がついたからな。あまり強制力はないぜ」 「あら、学生レベルと同じと思わないほうがいいわよ?」 「大学生も学生だろ」 「くだらない言い訳なんて、みっともないわ」 「まぁ……努力はするさ」 「そうね、あんたが一番頼りないんだから、努力してよね」 ああ、とオレが返事をすると、再び沈黙が訪れた。 残念ながら、そのときのオレには自分からハルヒに振れるような話題の持ち合わせはな かった。語るべき言葉はこの三年間で散々出尽くしたし、今更言うべき言葉など、何もない。 「んじゃ、オレはそろそろ行くよ」 「……ああ、そうだ。あんたに言うことあったの、忘れてたわ」 腰を上げたオレに向かって独り言のように、本当にたった今思い出したことのように、 ハルヒが口を開いた。その言葉にオレへの呼びかけがなければ、そのまま出て行きそうに なるくらい、本当にどうでもいいような口調だった。 「あたし、あんたのこと好きよ」 はにかむような甘酸っぱさも、照れるような奥ゆかしさもなく、それが世界の常識だか らただ告げただけのような──これと言った感情の機微もなくハルヒはそう言った。 だからオレは、すぐに何か言うことができなかった。驚きもしなかったし、嬉しさも感 じなかった。心の中がざわつく感じもなければ、浮かれることもない。そのことを予め知 っていたかのように、極めて冷静に返事をしていた。 「いつから?」 「ずっと前から。SOS団を作ったときからかしら」 「それを今、言うのか」 「今だからよ。昔、言ったでしょ? 恋愛感情なんて一時の気の迷い、精神病みたいなも んだって。でも三年間、その気持ちは消えなかった。三年経っても消えないなら、それは あたしの純粋な気持ちってことでしょ? ナチュラルなものなの。それを確かめるのに必 要な時間が、あたしには三年必要だっただけ。だから、今」 「オレは……」 「ああ、あんたの気持ちなんていいわ。ただ、あたしがそれを言いたかっただけだから… …三年間、ありがとう」 ──ありがとう、か。こいつの口から感謝の言葉が出てくるとはね、青天の霹靂ってヤツだ。 握手でも求めているかのように、ハルヒが手を突き出してきた。こんなしおらしく、け れどどこかサバサバとした表情は初めて見る。三年間、片時も離れずハルヒを見てきたつ もりだが、オレでもまだ知らない顔があったのかと──そんなことを思う。 オレは握手を求めるハルヒの手を握るべきかどうか、迷った。手を握り合うようなこと は、この三年間で幾度となくあったが、今はどこか照れる。 それでも、心を決めて手を差し伸べようとポケットから取り出すと、ぐいっとハルヒの 方から掴んできて力任せに引っ張られた。 相変わらずの馬鹿力め。不意打ちとは言え、男をぐらつかせる力を出せるのは、おまえ くらいなもんだ。だから……今こうしてオレの唇とおまえの唇が触れ合ってるのは、おま えのせいなんだぞ。 「じゃあね、キョン」 短いキスのあと、ハルヒはこの日初めて、笑顔を浮かべた。何かを吹っ切ったように、 どこか切なそうに。 それが──高校時代にオレが見た、最後のハルヒの姿だった。 …… ………… ……………… そして三年の月日が流れ、今に至る。あれからオレは、ハルヒに会っていない。あの日 の部室であいつは呼び出すようなことを言っていたが、実際にはそんなことはなかった。 かといって、まったく疎遠になってるわけでも……なってるのかな。卒業直後はメール のやりとりを、それこそ毎日のように行っていた。ただ今はそれほど頻繁なわけではない。 週に1~2通。タイミングが悪ければ、月1だっておかしくない。 それは互いにやるべきことが出来たからだし、互いの人生を歩み始めたからだ。人はそ れぞれ歩むべき道があり、オレとハルヒは高校を卒業すると同時に道が分かれた。 ただ、それだけ。それだけだと思っていた。 その日の朝、電話が鳴るまでは。 五月のゴールデンウィーク明け、妹が東京見物と称してオレのアパートを占拠していた 嵐が昨日でようやく通過したその日の朝のことだ。寝不足続きで昏々と眠り続けていたオ レは、間断なく鳴り続ける携帯の着音で無理矢理たたき起こされた。 乱雑に放り投げてある携帯に手を取り、不機嫌極まりない心持ちで通話ボタンを押す。 画面に映っている着信履歴を見なかったのは、一生の不覚と言えるだろう。 「はい、どちらさん?」 『も──し、み──です』 不機嫌極まりない声で電話に出たオレは、相手がすぐに理解できなかった。寝惚けてた ってのもあるだろう。昼夜逆転生活を余儀なくされたため、寝酒をかっくらったせいもあ る。おまけにアパートの立地が悪いので、よく電波が途切れることも原因のひとつに上げ ておこう。 「あ、誰だって?」 寝不足に苛々も相まって、最初より口調がきつくなってたかもしれない。布団から抜け 出して窓際まで移動しつつ、早朝から電話をかけてきた不躾な相手に、オレはつっけんど んに聞き返していた。 『ひゃうっ。あ、あの……朝比奈みくるです。えっと、今大丈夫ですか?』 「え?」 オレは携帯を耳から離し、着信相手の番号と名前を見た。ここしばらくご無沙汰だった 朝比奈さんの番号で間違いない。一気に目が覚めるとともに、思わず青ざめたね。 「あ、ああ、大丈夫です。すいません、電波状態がよくないもので」 『それより、今日って何日ですか?』 なんだそれは? というのが、正直な感想だった。気分を害されたんじゃないかと思っ た、オレのピュアな気持ちをわずかばかりでも返していただきたい。 こうして朝比奈さんと会話をするのも、実に久しぶりだ。過去と未来を行き来している 彼女には、こちらから連絡を取る手段がない。やんごとなき事情があるときは、彼女がこ の時間で借りているマンションにレトロな手紙を送っておくしかない。どうしても朝比奈 さんからの連絡待ちになってしまうんだ。 「なんですか、それ?」 『今、キョンくんって東京のアパートですよね? あたしの勘違いならいいんですけど… …今日、五月のゴールデンウィーク明けですよね?』 「そうですね、それで合ってますよ」 ちらりとカレンダーに目を向けて、妙な確認を取ってくる朝比奈さんの言葉を肯定する。 時間旅行を続けていて曜日感覚がおかしくなった、なんてことは、昔の朝比奈さんなら十 分ありえるんだが……今もそうなんだろうか? 『キョンくん、不躾な質問でゴメンだけど……そこに今、涼宮さんいる?』 「え、ハルヒ……ですか?」 なんでそこでハルヒなんだ? 「いませんよ」 『ええええええっ!』 ガラスさえもぶち破りそうな超音波に、オレは咄嗟に携帯から耳を話した。なんなんだ、 いったい? 「どうしたんですか?」 『あ、あの、キョンくん、今日はどこにも行っちゃだめですよ! すぐに連絡しますから、 そこで待っててください!』 「それはいいですけど、」 ちゃんと説明してください、と言わせて貰えずに通話は切られた。 唐突に電話をしてきたかと思えば、意味不明な切り方。まったくもって朝比奈さんらし くない。高校を卒業してからは、唐突な行動が確かに増えていたが、それもすべて過去に オレが体験したことと合わせてみれば納得できる範囲のもの。 けれど今日の電話だけは、あまりにもらしくない。いや、今の朝比奈さんらしいと言え ば、らしい行動か。オレが高校時代に会っていた朝比奈さん(大)と同じような、秘密を 隠している『らしさ』だ。 ──また何か起きたんだな…… と、オレは朧気ながらに考えた。けれど今はもう、オレがしゃしゃり出るようなことも あるまい。ハルヒ中心のドタバタ騒ぎは幕を下ろし、あまつさえオレとハルヒの道は分か れてしまった。今のオレにできることは、昔話を語るくらいさ。 そんなことを薄ぼんやり考えていると、また携帯が鳴った。今度はちゃんとディスプレ イに目を通す。朝比奈さんだ。 「もしもし?」 『今からそっちに、えっと、たぶん古泉くんが行くと思います。合流したら、すぐこっち に来てください』 まるで高校時代のハルヒからの電話みたいだ。定型文の挨拶すらなく、朝比奈さんは電 話口で一気にまくし立てた。 「古泉ですか? なんだってあいつが、」 『あたしは長門さんと一緒にいますから、詳しくは合流してから。キョンくん、待ってま すから、必ず来てくださいっ』 がちゃり、と切れた。もうちょっと甘い話をしませんか、朝比奈さん。 なんて感傷に浸る間もなく、呼び鈴が鳴らされる。このまま布団の中に潜り込んで夢の 世界に旅立とうかとも思ったが、朝比奈さんたっての願いとあればそうもいくまい。 「ご無沙汰してます」 「早かったな」 久しぶりに見る古泉は、学生時代に散々見せていた笑みを潜めていた。せっかくの再会 だ、作り物でも笑みを見せてくれたっていいだろうに。 「笑っていられる状況ならばそうもしますが、今は緊急事態なもので」 「緊急事態だって?」 こいつが緊急事態ということは、近年希にみる巨大な閉鎖空間でも出来たか? そうだ ったら、ここ最近のことを考えれば緊急事態だな。けれど何故、今になってオレを引っ張 り出すんだ。そもそもオレを巻き込む理由なんてあるのか? 「朝比奈さんから何も聞いていませんか? ともかく、時間が惜しいのですぐに行きますよ」 「寝起きなんだよ、顔くらい洗わせてくれ。つか、いったいどこに行くんだ?」 「里帰りです」 言うや否や、古泉はオレの腕を鷲づかみにすると部屋から引っ張り出し、そのままコイ ツの車の中に押し込められた。さすが社長さん、ン千万クラスの高級スポーツカーとは恐 れ入る……って、そんなことはどうでもいい。何なんだ、この強引な展開は? 「オレの都合も考えろよ! 何なんだ……わかるように説明してくれ」 ここがサーキットだとでも言いたげなドライビングで車をかっ飛ばす古泉に、オレは舌 を噛みそうになりながら問い質す。ハンドルを握る古泉は、ちらりとオレを一瞥した。 「あなたの都合を尊重したいのは山々ですが、これでも僕はあなたの友人の一人であると 考えているもので。友人の未来に関わることであれば、放っておけませんよ」 「オレの未来? なんだそりゃ」 「未来について、僕は専門外です。適任者に詳しい話を聞いてください」 それっきり口を閉ざして、車は高速道路を150キロオーバーで突き進む。途中休憩一 切なしで、オレは懐かしの故郷に足を踏み入れた。 あまりの急展開だが、見慣れた景色を眺めると妙に落ち着く。懐かしさと切なさが鳩尾 あたりでぐるぐる回る。東京に出て三年、一度も戻ってきてなかったから、その思いはひ としおだ。 そんな懐郷の念に浸っているを置き去りにして、古泉が運転する車はさらに懐かしい場 所へオレを運んだ。長門のマンションだ。あいつ、まだここに住んでたのか。 昔はオレの役目だったが、今日に限っては古泉が長門の部屋のキーナンバーを入力して 呼び鈴を鳴らす。がちゃり、と音がして部屋主が通話ボタンを押したことを知らせるが、 声は聞こえない。 「長門さん、僕です。彼も連れてきました」 そう告げると、カチッと音がしてエントランスの鍵が外される。通話を終わらせた古泉 は、そのままマンションの中に入っていった。無論、ここまで連れてこられたオレだ、逃 げるわけもなく後に続いた。 見れば思い出すマンションの廊下は、体がしっかり覚えているもので、七階に上がって 長門の部屋前まで足が勝手に動く。玄関の横にある呼び鈴を鳴らすと、鍵を外して部屋主 が現れた。 「……長門か?」 正直、驚いた。朝比奈さんの成長した姿は高校時代に何度も見ているから、驚きはない。 古泉は昔とそれほど変わってないし、野郎がどう変わろうが興味はない。 けれど長門に関しては別だ。宇宙人という特性があるとは言え、女性であることに変わ りない。女性なんてのは、高校生と大学生ではがらっと印象が変わる。少女から女性にな るとでも言うのか、カワイイから綺麗に変わるもんだ。 今の長門は、まさにそれだ。細かい部分で昔のままだが、ナチュラルメイクに控えめな がらも髪をセットして、さらに身長もオレの肩くらいまで伸びて、おまけに女性らしい体 型になっていれば、そりゃ驚きもするさ。まだ成長期真っ只中だったことに、だけどな。 「……なに?」 オレの不躾な視線に気づいたのか、長門が小首をかしげる。 「いや、綺麗になったなと思ってさ」 こんな恥ずかしいセリフがすらっと出てくるのも、オレが大人になった証拠かね。 長門はその言葉を受けて睨み……いや、照れた視線と自己解釈しておこう。何も言わず に身を引いて、オレと古泉を部屋の中に招き入れた。 部屋の中は、昔に比べて生活感ある風景になっていた。それでもオレのアパートに比ら れば少ないが、生活してるなぁ、と思えるくらいには荷物が増えている。 そんな中に、朝比奈さんはいた。 コタツの前で正座して、握りしめた両手を膝の上に置き、差しだされたお茶に手をつけ た風もなく俯いている。どこかで見たことある格好だな、と思えば、オレがバイトしてい る喫茶店の女の子が店長に怒られて落ち込んでいる、そんな格好にそっくりだ。 「あ……キョンくぅ~ん」 オレと古泉に気づいて、朝比奈さんは顔を上げるや否や泣き顔になった。あまりの懐か しさにうれし泣き……って感じじゃないことは断言できる。 「ご、ごめんね、キョンくん。あ、あたし……ひっく……こ、これでも、い、一生懸命が ん、がんば……うぅ……頑張って勉強し、して……うくっ……き、禁則事項も少なく…… ひっく……な、なったんだけど……」 済みません、朝比奈さん。泣き声が混じっていて要領を得ないんですが。 困り果てたオレは頭をかいて、泣きじゃくる朝比奈さんに触れるか触れないかという力 加減で抱きしめた。あいにく古泉に無理矢理アパートから引きずり出されたもんでね、ハ ンカチの持ち合わせはないんだ。かといって、常日頃から持って歩いてるわけじゃないが。 「朝比奈さん、落ち着いてください」 「あ、あの……」 泣きやんだ朝比奈さんは、オレの腕の中で驚いているようだ。高校時代じゃ、とてもこ んな真似はできなかっただろうな、なんてオレでも思う。けれど泣きじゃくる相手には、 それ以上のショックを与えて泣きやませるのが一番なんだ。妹やイトコ連中を相手に、オ レはそれを学んだね。 「大丈夫ですね。それで、何があったんですか?」 やや名残惜しい気もするが、朝比奈さんを離してその目を見つめる。潤んで赤い瞳が魅 力的だが、次に出てきた言葉はオレの溢れる恋慕を根こそぎ奪い取るに十分な威力を秘め ていた。 「はい……あの、時空改変が行われています」 くらりと来たね。 正直、すぐには理解できなかったさ。久しぶりに聞くトンデモ話だ。平凡な日常生活を 送っていたオレに、おまけに文系のオレに、科学的な匂いが漂う話をすぐに理解できる頭 脳の持ち合わせなんてあるわけがない。 そもそも──時空改変だって? それはあれか、オレが高校1年の時に遭遇した、長門 が引き起こしたあれのことか? 「そう」 今から六年前に事を起こした張本人が、オレの問いかけを肯定する……と、今の言い方 はちょっとひどいな。何がひどいかはわからんが、ひどい気がする。ただ、オレも急な話 で混乱してるんだ。そこはわかってくれ。 長門は頷き、説明してくれた。 「今回の改変は劇的な変化はない。緩やかに、誰にも気づかれず行われた。わたしは現在 もいかなる時間帯における自分の異時間同位体との接続コードを凍結している。そうでな ければ気づいたかもしれないが、手遅れ」 「手遅れって……そもそも、何がどう改変されているんだ? オレには何も変わってない ように思うんだが……」 「そうです。だから、今まであたしも気づかなかったんです。でも今日、あたしが知って いる未来とは決定的に違うことが起きているんです」 落ち着きを取り戻した朝比奈さんが、長門の説明の後に続く。未来のことに関しては、 やはりこの人に聞くしかない。 「その違いって、何ですか?」 「今日は、あたしが知る限りでは、キョンくんと涼宮さんが入籍する日なんです」 …………。 いや、うん。正直、今の瞬間に意識がぶっ飛んでたね。マンガ的表現をするならば、口 から魂が抜け出たイラストがピッタリ当てはまるだろうさ。 なんだって? オレとハルヒが入籍? そんなバカな。 そもそも、それが本当の話だったとして、オレとハルヒの入籍が今日じゃないから時空 改変されてます、って考えるのは短絡的じゃないか? 前に朝比奈さんも言ってただろう。 時間の流れはちょっとした歪みなら修正されると。朝比奈さんが知る未来と微妙にズレて いるからって、そこまで話を飛躍させるのはどうなんだ? 「そうです。ちょっとした時間の歪みなら、確かに修正されます。でも……キョンくんと 涼宮さんの結婚は、そんなちょっとした歪みじゃないんです」 「……どういうことです?」 「えっと……それは今のあたしでも禁則事項です。でも、キョンくんと涼宮さんの結婚は とても重要なことなんです。あたしが知る未来のためにも、この世界のためにも」 未来のため、世界のためか。これは……そうだな、今だからこそ言うべきか。言ってお かなくちゃならないだろうな。 「朝比奈さん、正直なことを言いますが、オレはハルヒと結婚することに文句はありませ ん。ただですね、オレもどうせ結婚するなら、自分が惚れ込んで、相手もオレのことを好 きでいてくれる女性と結婚したいんです。誰でもいいってわけじゃありません。朝比奈さ んは、周りから『こいつと結婚しないと世界がおかしなことになるぞ』って言われて、結 婚できますか?」 「それは……」 「それにですね、もしここでオレが『実は朝比奈さんのことが好きです』とか『長門のこ とが好きなんだ』って告白したら、それでも朝比奈さんはオレに『ハルヒと結婚しろ』っ て言うんですか?」 オレの言葉に、朝比奈さんはまた、泣きそうな顔になった。その表情だけで、オレの言 いたかったことを理解してくれたんだと分かる。そう思う。 つまり、オレは世界のため、未来のためっていう大義名分で動くことは、もうできない。 ほかの連中と違って、オレは凡百な人間だ。正義の味方でもなければ、自己犠牲で得た 平和に感動できる純粋な心根の人間でもない。人並みに欲望もあって、人並みに臆病で、 人並みに安定した生活を望む、ただの人間なんだ。電車の中で目の前に年寄りがいれば席 を譲るが、戦争を止めるために平和維持軍に入隊できるヤツじゃない、ってことさ。 「そんな顔しないでください。困らせるつもりじゃないんです。ただ、分かって欲しかっ ただけなんですよ。もう、未来のためとか世界のためとかで自分を犠牲にできるほど、純 粋じゃないんです」 「確かにその通りですね。あなたの意見はもっともですし、何も間違っていませんよ」 そう言って頷き、古泉がオレの意見に賛同してくれた。こいつがそんな風にオレの肩を 持つとは意外だ。 そう思っていたんだが……。 「今の朝比奈さんの発言も、やや的を外していますしね。他のお二人がどのように考えて おられるのかわかりませんが……僕があなたをここへお連れするときの言葉を覚えていま すか?」 おいおい、人の記憶力を疑うような発現だな。たった数時間前の話を忘れるほど、ボケ ちゃいねぇよ。 「ならば安心です。こう考えてください。あなたと涼宮さんの結婚で世界の安定が得られ るのは、ことのついで……おまけみたいなものです。重要なのは、あなたが本来結ばれる べき人との未来が消失していることです。これはあなた自身にとっては人ごとではありま せんし、一大事ではありませんか?」 前口上が長いのは相変わらずか。何が言いたいんだ、古泉。 「友人のバラ色の未来が失われようとしているのです。それを救うのは当然でしょう?」 この野郎……何がバラ色の未来だ。ハルヒとの結婚が本当にバラ色だとでも思っている のか? あの天上天下唯我独尊の団長さまと四六時中顔を付き合わせることになるんだ ぞ。それのどこが幸せだって言うんだ。 「本当にそのようにお考えで?」 ええい、そのなんでも見透かしたような薄ら笑いはやめろ。 「……あのな、長門も言ったじゃないか。仮に、今の言葉がオレのごまかしだとしよう。 でも、もう手遅れなんだろ? 今回の時空改変を起こした張本人は、話を聞く限りハルヒ のようだが、過去に遡ってアイツに修正プログラムを打ち込んでも、もうダメなんだろ?」 「そう」 長門の言うことはいつも端的だ。余計なことを言わず、事実だけを告げる。こいつがダ メだというのなら、何をどうやってもダメなのさ。 「ほらみろ。どっちにしろ、」 「でも」 息巻くオレの出鼻をくじくように、長門は口を閉ざさなかった。 ……でも、だって? 「時空改変が行われたその時間に、楔を打ち込めば修正することは可能」 長門……それは全然ダメな状況じゃないぞ。まだ修正する可能性が残ってるじゃないか。 「ちょっと待て。何をどうしろって言うんだ?」 「今は正しき未来と謝った未来に道が分かれている状態。その分岐は緩やかだが、三年と いう月日を経て決定的な違いをもたらした。ならば道が分かれたその時間において、歪み をもたらした道に進まないよう正しき道へ楔を打ち込めば、三年の月日を経て正しい時間 軸に戻る可能性は高い。ただ──」 長門はそこで言葉を途切れさせて視線を宙に彷徨わせた。 「──道が分かれた時間がいつなのか、それはわたしにもわからない」 口を閉ざし、長門はオレをじっと見つめた。その視線は「あなたなら分かるはず」と言 わんばかりの目つきだ。 確かに思い当たるときはある。おそらく、間違いない。 ──高校卒業のあの日、ハルヒにキスされたその日…… あの日から、オレとハルヒの道は分かれた。オレはそう確信している。もしその日でな かったとしたら、他に思い当たる日はない。もし過去に遡るなら、その日以外にありえない。 そしてもうひとつ、悩まなければならないことがある。 長門は「楔を打ち込む」と言った。ならばその「楔」とは何を指すんだ? このまま過 去に遡ったとして、何をどうすればいいか分からないままでは、何もできないじゃないか。 「キョンくん、その時間に行きましょう」 と、朝比奈さんが悩むオレに向かってそう言った。 「あれこれ考えてちゃダメですっ! あたしたち、今までみんなで協力して何とかやって きたじゃないですか! 行動しなくちゃ、何も始まらないんですっ!」 そう……だな。ああ、確かにそうだ。昔からそうじゃないか。SOS団絡みの出来事は、 いつも訳も分からないまま巻き込まれて、それでもなんとかやってきた。今更あれこれ考 えるのはオレらしくない。 「今になって、ひとつだけわかったことがある」 はぁ~っ、とこれ見よがしにため息を吐いて、オレは目の前の三人を睨み付ける。出来 る限り、渋面を作ったつもりだ。 「SOS団なんておかしな団体に所属していると、どいつもこいつもお人好しになるんだな」 それなのに、朝比奈さんや古泉は言うに及ばず、長門でさえもわずかに微笑んだように見えた。 どさっと、それこそ尾てい骨が砕けるような勢いで地面にへたり込むのは、男二人の役 目。方や女性二人は慣れたもので、けろりとしている。 ここは、いつの日だったか朝比奈さんと歩いた公園の常緑樹の中。今がいつなのかすぐ にはわからないが、長門のマンションの中からこんなところに移動しているとなれば、時 間遡航に成功したのだろう。これがただの瞬間移動だとしても驚異的だがね。 「いやあ……話には聞いていましたが、これほどの衝撃とは思いませんでしたよ」 どうやら古泉もオレと同じ感想を持ったようだ。 時間旅行の目眩。嘔吐寸前までに世界がぐるぐる周り、目を閉じていても光が瞬く感じ は、極悪な代物と断言しても生ぬるい。どうしてこんなのが平気なのか、朝比奈さんにじ っくり聞いてみたいもんだ。 「というか、なんでおまえや長門まで着いてくるんだ? オレと朝比奈さんだけで十分だろ」 「せっかくの機会ですからね。時間旅行というものをやってみたかったんですよ。あなた の邪魔をするつもりはありませんので」 邪魔するとかしないとか、そういう問題じゃないないだろ。そもそも朝比奈さん、いつ からそんな適当になったんですか。 「朝比奈さんを責めるのは酷というものです。僕と長門さんはその辺りで時間を潰してい ますから、お役目を果たしてきてください。よろしいですね、長門さん」 「……わかった」 何がわかったんだ長門。わかるなよ長門。おまえまで古泉みたいに時間旅行を楽しみた かっただけってのか? おいおい、いろいろ変わったな、おまえら。 「それではまた、後ほど」 敬礼のような挙手で挨拶をすると、古泉と長門は人気が途絶えた頃合いを見計らって、 公園の外に姿を消していった。 「いいんですか、あれ……」 「今日は……えっと、特例です」 特例って……朝比奈さんもいろいろ成長したもんだ。昔は禁則に次ぐ禁則で思ったこと も言えず、訳も分からないまま巻き込まれて泣いていたのにな。高校時代の庇護欲をそそ る愛くるしさが懐かしいぜ。いやまぁ、今もそうと言えばそうなんだが。 「今、いつの時代の何時ですか?」 古泉と長門の奇行や、朝比奈さんの成長を見て感慨にふけっている場合じゃない。オレ が時間を聞くと、朝比奈さんは華奢な腕には似合わないゴツい電波時計に目を向けた。 「今はキョンくんたちが卒業した日の、午後2時を過ぎたころです」 その時間、オレは当時何をしていたかな……ええっと、ああそうか、ハルヒと二人で部 室にいて……キスされた時間か? もうちょっと前の時間かな。あのときは時間感覚が麻 痺していたから、よくわからない。 「朝比奈さん、ちょっと質問なんですが」 「はい、なんですか?」 「今回の時空改変は、どのタイミングで修正すればいいんでしょうかね? 前のときは長 門が変えた直後に戻したじゃないですか。今回もそんな感じですか?」 「えっと……前回のときはキョンくんを除いて、世界すべての記憶がその日を堺に塗り替 えられてましたよね? だからあのときは、改変直後でなければダメだったんです。でも 今回は緩やかな変化ですから……ゆっくりするわけにもいきませんけど、考える時間はあ ると思います」 考える時間か……。 「その時間ってどのくらいです?」 「ん~っと……そうですね、リミットは今日一日と思ってください。そうでなければ、あ たしたちが元時間に戻ったときに年齢がおかしなことになっちゃいますよ」 まだ時間がある、とわかっただけでも有り難いですよ。長門が言う「楔」とやらが何な のか、考える時間があるわけだからな。 とは言うものの、今回ばかりはすでにお手上げ状態だ。何しろ前回の時空改変では、最 初こそオロオロしていたが、後になって長門のヒントが出てきた。そのおかげで、オレは 役目を果たせたようなもんだ。 けれど今回は、そのヒントすらない。長門自身もどうすればいいのか分からないままの ようだ。数学者さえ頭を悩ませる難問に、小学生が挑むようこの状況を嘆かずにいられる か。おまけにその正解を見つけ出さなければ、世界は改変されたままってことになる。 「ごめんなさい、キョンくん……」 どうすべきか悩んでいたオレは、口数が少なくなっていた。そんなオレの態度を見て、 何を思ったか、朝比奈さんが頭を下げてくる。 「あたし、自分でも少しは成長できたかなって思ってたの。でも……やっぱりダメですね。 肝心なときに役立たずで」 おいおい、まったくこの人は、いったい何を言い出すんだ? 「それ、本気で言ってます?」 「……え?」 「今回のことに気づいたのも、この時間まで戻ってこられたのも、朝比奈さんのおかげじ ゃないですか。おまけに今は、過去のオレたちを助けてくれているんでしょう? 言葉じ ゃ言い表せられないくらい感謝してますよ。もっと自信をもってください──なんて、オ レに言われても慰めになりませんよね」 「そ、そんなことないですっ! あたし、ずっとキョンくんに迷惑かけっぱなしだったか ら……だから、そう言ってもらえると、すっごく嬉しいです」 真剣そのものの目で、胸の前で両手を握りしめて朝比奈さんはそう言った。 そうそう、泣き顔よりも真剣な顔、真剣な顔よりも笑顔があなたには一番似合いますよ。 ……そういえば。 ハルヒはいつも、どんな顔で笑っていたかな。出会ったころは怒ってばかりだが、SO S団を作ってからはよく笑うようになった。時にふてぶてしく、あるいは生意気そうに。 それでも最後はマグネシウム反応のような眩しいくらいの笑顔を浮かべていたな。 ……何か違和感があるな。なんだろう、この感覚は。完成したはいいけれど本来の絵と 違うジグゾーパズルが出来上がったような気分だ。 何かしっくり来ない。どこかおかしい。これはいつの時代に感じた違和感だ? 「……ああ、そうか」 我知らず、考えが唇を割いて漏れる。 あのときか。あの日の笑顔か。それが今に繋がってるっていうのか? 「どうしたんですか?」 思案に暮れるオレに向かって、朝比奈さんが不思議そうに声を掛けてくる。それでもす ぐには返事をせず、しばし考えていたオレは……やはりその考えしか思い浮かばない。思 い込みかもしれないし、間違いないと断言できる根拠もない。それでも今のオレに与えら れた情報だけでは、それくらいしか解答を導き出せない。 「朝比奈さん、もうハルヒのトンデモ能力は落ち着いているんですよね? 今のオレがあ いつに会うのはアリですか?」 「え……っと、涼宮さんの能力が減退しているのか、それともただ安定しているだけなの かによりますけど……あ、でも、今日の夜に涼宮さんは誰かと会ってますね」 「それがオレですか」 「たぶん……ごめんなさい、この日の涼宮さんの行動は一通り把握しているけれど、今回 の出来事はあたしも初めて体験することだから、確信めいたことは何も言えないの」 「ハルヒの行動がわかるだけでも有り難いですよ。それで、ハルヒが誰かと会っているっ ていうのは、何時頃の話ですか?」 「夜の……えっと、9時ごろですね」 「夜の9時?」 果て……? なにやら身に覚えのある時間だな。 「場所は公立の中学校……涼宮さんが中学時代を過ごした学校の校庭です」 ああ、なるほど。そういうことか。だからオレはまた、巻き込まれているのかね。 公立中学の校庭で夜の9時といえば、七夕の校庭ラクガキ事件の日と同じ場所、同じ時 間じゃないか。ハルヒにとってもうひとつの思い出の場所で待ち合わせする相手といえば、 一人しかいない。オレのことだが、オレじゃないヤツだ。 まだまだ活躍しなきゃならんらしいぞ、ジョン・スミス。 「その時間、ハルヒは自主的に中学まで行くんですか?」 「どうでしょう? 時間の流れがノーマライズされたものであるのなら、涼宮さんが出か けることは規定事項です。ですが、今は異常な時間なわけですから……」 この状況で、危ない橋を渡る賭け事をするほど、オレはギャンブラー気質じゃない。だ ったら素直に呼び出しておいて、憂いを払っておいたほうが無難か。 「朝比奈さん、この時代で今のオレが買い物するってのは大丈夫なんでしょうか?」 「えっと……この時間の経済を大きく左右するような買い物でなければ問題ないですけど、 何を買うんですか?」 「レターセット……かな?」 「え?」 頭の上にクエスチョンマークがふよふよ浮かんでいる朝比奈さんに、オレは肩をすくめ てみせた。 「未来人が過去とコンタクトを取るのは、手紙がお約束なんでしょう?」 色気のない封筒に、味気ない便せんを使って「あの日の校庭にあの日の時間に来られた し。J・S」と素っ気なく書き記した手紙をハルヒの家に投げ込んだオレは、ぽっかり空 いたこの時間をどうしようかと考えていた。 そもそも9時にハルヒがオレと会うということになっているのなら、その時間帯付近に 時間遡航すればよかったんじゃないか。仮にオレが手紙を出すことも規定事項に含まれて いるのなら、その役目は果たしたんだ。余計な時間をここで過ごすより、約束の時間まで 跳躍できないものだろうか。 そう朝比奈さんに提言したのだが、却下された。 「何故です?」 「まだ、古泉くんや長門さんが戻ってきてませんから……」 そういやあの二人、いったいどこをほっつき歩いてるんだ? 勝手に着いてきて、事が 終われば呼べなん……あれ? 呼べって、どうやって連絡を取れと言うんだ? この時間 じゃ携帯なんて使えないだろうし、家に電話するなんてもってのほかだ。 「朝比奈さん、長門や古泉とどうやって連絡取るんですか?」 「え? え~っと、それは……」 何気ない質問のつもりだったのだが、朝比奈さんは言葉を濁して腕時計に目を落とした。 何をそんなに時間を気にしているんだ? オレとハルヒの約束には、まだ5時間くらいは 余裕がある。それとも長門と古泉の二人と時間で待ち合わせでもしてたのか? あるいは、 時間的に気になることが他にあるとでも? 「朝比奈さん、二人がどこにいるか知ってるんですか?」 「あ、あの、別にそれは気にしなくても」 オレは再度、尋ねた。朝比奈さんは、明らかに動揺している。 ……裏があるのか。 何が特例だ。古泉と長門もこの時間帯でやることがあるから、着いてきたんじゃないか。 「あの二人はどこで何をやっているか、知っているんですね?」 「それは……えっと」 なんで口ごもるんだ、朝比奈さん。オレに言えないようなことを、あの二人はコソコソ やってるのか? だとすれば、長門が、というよりも古泉主導での企みか。あの二人の利 害が一致し、あまつさえ朝比奈さんさえも一枚噛んでいる画策。 それは今回の騒ぎのことか? まさか……今回の時空改変が狂言だとでも言い出すんじ ゃないだろうな? だってそうだろう。 オレは高校を卒業してから今日に至るまでの三年間、何かが変だと感じるようなことは 何もなかった。改変されたのか否か、と問われれば「ありえない」と答えるさ。ただ、未 来人たる朝比奈さんがそう言いだし、万能宇宙人の長門が肯定し、無駄に状況だけは把握 している古泉までも乗ってきている。 こいつらを知っているオレだ、そう言われれば信じるしかないじゃないか。もし三人が そろってオレを騙そうというのなら、オレは疑いもなく騙されるさ。 「だ、騙すなんて、そんなこと、」 わかってる。わかってるさ、朝比奈さん。古泉は……まぁ、おいとくとして、朝比奈さ んや長門がオレを騙す真似をするわけがないさ。だからこそ、なんだ。 「わかっているから、本当のことを話してくれって言ってるんです」 しばしの逡巡のあと、ふぅっ、とため息を吐いて、朝比奈さんはどうやら観念したらしい。 「キョンくんには、涼宮さんのことだけを考えていてもらいたかったんです。実は今、」 意を決して朝比奈さんが口を開くのと、それはほぼ同時に起こった。 瞬き一回分の刹那の瞬間に、周囲の景色ががらりと姿を変える。夕闇迫る朱色の空が、 雲一つない青空に変わり、堅いアスファルトの地面が足を取られそうな砂丘に変わる。 視界を奪うほどではないが黄土色の靄が辺りに漂い、平坦な空間がどこまでも続いている。 「ひゃうっ!」 朝比奈さんがオレに飛びついてきたが、オレだって何かに飛びつきたい気分だ。 なんだこれは? なんなんだ、いったい!? 「きょっ、きょきょ、キョンくん、ああの、あれ何ですかぁっ」 オレに縋り付く朝比奈さんが、オレの左手方向を指さして叫んだ。釣られて見れば、ガ キの頃にテレビでみた巨大ロボットのような巨体の、それでいてのっぺりした巨人が、両 手を鞭のようにしならせて暴れている。 まるで《神人》みたいじゃないか……って、ここは閉鎖空間なのか? なんでこんな所 にオレと朝比奈さんは引きずり込まれているんだ? 「こここ、こっち来てますよぉっ」 そんなこと、見ればわかりますって。 オレは朝比奈さんの手を取って、《神人》っぽい巨人に背を向けて走り出した。どこか に行けるわけでもないが、逃げ出したくもなるさ。とは言え、こっちが50メートル走っ たところで、相手は一歩でチャラにしちまう相手。どだい、逃げられるわけがない。 あっという間に距離を詰められ、降り注ぐ光を遮る影がオレと朝比奈さんを覆った。脳 裏に辞世の句が十個くらい浮かんだが、せめて朝比奈さんだけでも守りたい。 そう考えて、朝比奈さんを守るつもりで覆い被さって床に伏せた。そんなことをしても、 相手の質量を考えれば二人そろってぺちゃんこになることは分かっているさ。それでも、 そうしてしまうのは条件反射以外の何ものでもない。 間近で雷が落ちたように、空気が軋む。オレの体は空中に緩やかに放り投げられ……っ て、なんで放り投げられているんだ? どさり、と背中から地面に叩きつけられる。足下が柔らかい砂で助かった。受け身なん て取れるほど、機敏じゃないんだ。 機敏じゃないと言えば朝比奈さんは……と思って視線を巡らせると、地面に叩きつけら れる前にキャッチされてご無事のようだ。 「古泉……」 憎々しげに、あるいは感謝を込めて、オレは朝比奈さんを抱きかかえている微笑みエス パーを睨み付けた。 「言いたいことや聞きたいことは山のようにあるが、とりあえずは朝比奈さんを無事に守 ってくれてありがとう、と言ってやる」 「その言葉を聞いてホッとしました。てっきり、怒られるものだと思っていたので」 「怒るのはこれからだっ! なんだこれは? いったい過去まで来て、おまえと長門は何 をやってんだ! ここがどこで、なんで《神人》っぽいのが暴れているのか説明しろっ!」 怒鳴り散らすオレに、古泉は抱えていた朝比奈さんを下ろして肩をすくめた。 「残念ですが、あまり説明する時間はありません。ここは特殊空間ですから、本来の時空 間と時間の流れが違っていまして。あまりあなたをここに引き留めるわけにもいかないん ですよ」 「オレは説明しろ、と言ったんだ」 「それはここを脱出してから、長門さんに聞いてください」 古泉の体から赤い光が滲み出たかと思うと、その姿を赤光の球体へと変えて飛んでいく。 オレが初めて古泉に連れられて閉鎖空間に入り込んだときと、まったく同じ姿だ。 ってことはだ、あそこで大暴れしている巨人は、やっぱり《神人》ってことなのか? 「こっち」 ぐいっ、と首が絞まるほどの勢いで襟首を引っ張られ、口から「うげっ」っと声が漏れ た途端に、辺り一面が真っ暗になった。 別に締められてオチたわけではない。あの閉鎖空間らしき場所から、どうやら元の世界 に戻っただけのことだ。ただ……どうも入り込んだときからそれほど時間が経過したとも 思えないのに、空は夜の帳で覆われていた。 「時間がない。急いで」 オレの襟首を力任せに引っ張りながら、長門がそんなことを言った。 「ま、待て。急ぐ前にオレがオチる! 掴むなら手を掴んでくれぇっ」 必死の嘆願を聞き入れてくれたのか、長門はようやくオレの襟首から手を離してくれた。 最初から朝比奈さんの手を握ってるのと、同じようにしてくれ。 「急ぐのはいいが、おまえと古泉が何をやっていたのか説明してくれ。さっきの巨人はな んなんだ? あの空間はハルヒが作り出してたのか?」 「違う。我々に対する敵対勢力の残存兵力が、涼宮ハルヒの情報創造能力を流用して作り 出した疑似位相空間模と局地戦用人型兵器」 「敵対勢力?」 それはあれか、高校1年のころからチラホラ現れた、長門の親玉とは別種の情報生命体 やら朝比奈さんとは別種の未来人やら古泉の『機関』と対立してたヤツらのことか? け れどあいつらは……。 「それはあなたが気にすることではない。事後処理はわたしたちそれぞれが行わなければ ならないこと。先ほどの局地的非浸食性異時空間へあなたと朝比奈みくるが引き込まれた のは、わたしと古泉一樹の落ち度。済まない」 ……じゃあ何か、全部すっかり終わったもんだと思ってたのはオレだけで──朝比奈さ んは過去のオレたちを助けてくれているから別としても──長門や古泉は現在進行形で厄 介事を抱え込んでるのか? 「敵対勢力にとって、時空改変が行われ始めているこの時間帯が最後のチャンス。何かし らの接触があることは予測できる範囲」 「今は過去だろう、この時間のおまえや古泉は何をしてるんだ」 「この時間平面に存在するわたしの異時間同位体もそのことを把握しているが、わたしの 役目はあくまでもあなたと涼宮ハルヒの保全。他時間平面からの干渉に関してこの時間平 面に存在するあなたや涼宮ハルヒに敵対的接触が行われない限り、わたしが干渉すること はない」 ……クールというか、融通が利かないというか、いかにも長門らしい。 「どうして、まだ厄介事が続いていたことをオレに教えてくれなかったんだ」 「宇宙生命体の処理や未来の懸念、反社会的勢力への対処は、各々が所属する組織の問題。 あなたを巻き込むべきではないと判断したのは、わたしや朝比奈みくる、古泉一樹それぞ れの結論。あなたはには」 長門はゆっくりと、けれどしっかりオレを指さした。 「涼宮ハルヒのことだけを想ってほしい。それがわたしの……わたしたちの願い」 おまえは……おまえらはホントに……どうしていつも、人のことばかりを先に考えるん だ。そりゃオレには何もできないかもしれないが、もうちょっと頼ってくれたっていいだ ろうが! 「それは違う」 いつもより機敏に首を横に振って、長門はオレの言葉を否定した。 「今ならわかる。涼宮ハルヒは世界を変える力を持ち、あなたは人を変える力がある。三 年前まで、わたしたちはあなたに頼り続けていた。だから今は──」 長門は視線を彷徨わせ、自分の頭の中にある語録の中からもっとも適した一言を選び出 したようだ。 「──恩返し」 恩……恩ときたか。まったく、何言ってやがる。それこそお互い様じゃないか。 今までオレがどれだけ長門に……長門だけじゃない、朝比奈さんや古泉たちに助けられ たことか。オレに人を変える力がある、だって? それこそバカげている。変えたのはオ レじゃない。おまえたちが自分で変わろうと思ったから、変わったんじゃないか! 「ああああああっ!」 突如、朝比奈さんの場違いな叫び声が木霊した。 「な、なんですか突然!?」 「たっ、大変ですっ! 涼宮さんと約束の時間まで、あと30分もないですよぉ~っ」 おいおいおいおい、マジか。時間に余裕があると思っていたのに、何時の間にそんなに時 間が過ぎたんだ? 「疑似位相空間の中は通常空間と時間の流れが異なる」 先に言ってくれ長門。 「急いで、とわたしは言った」 ……ああ、そうだな。そうだった、悪かったよ。さっきまでのいい話が台無しになるか ら、そんな睨まないでくれ。 「と、とと、とにかく急ぎましょ~っ」 言われるまでもない。オレたちはハルヒが待っているであろう、公立中学校を目指して 走り出した。 なんだっていつもいつも、時間ぎりぎりになるのかね? 高校時代の市内パトロールの 時みたいに驚異的な集合時間前行動を取っていたSOS団としては、嘆かわしいことこの 上ない状況じゃないか。オレだって誰かとの待ち合わせのときは、今でも最低でも10分 前には待ち合わせ場所に着くようにしてるってのに。 「……え? あれ、うそ……なんで?」 急いでいたオレたちだったが、急に朝比奈さんが立ち止まって困惑顔を浮かべた。困惑、 というよりも青ざめている。これ以上、どんな厄介事が降りかかってきたっていうんだ。 「あの……あたしたち4人に、元時間への強制退去コードが発令されちゃいました……」 「はぁ?」 勘弁してくれ……いったいどんな厄介事のドミノ倒しだ? そもそも、いったい何の話 だ? いや、言いたいことはわかる。この時間において、オレたち4人はイレギュラーな 存在だ。だからこれ以上引っかき回さずに元の時間に戻れ、と言いたいんだろう。 だが待ってくれ。そうじゃないだろ。オレたちは改変された世界を元に戻すためにこの 時間に来ているんだ。そうじゃなかったんですか、朝比奈さん!? 「そ、そうです! でも、上の……あたしの組織のもっと上の方から、今回の改変は歴史 変化の許容範囲と見る意見もあって……だから、その」 「つまり、あなたと涼宮さんの結婚がもたらす変化より、結婚しない未来の方を選択した、 ということですか」 おまえ、古泉……何時の間に現れやがった。というか、無事だったか。 「空間の断裂がこの近くだったのは幸いですね。手間取りましたが、なんとか弱体化させ ることはできました。あとはこの時間平面の『機関』の役目です。それよりも、困った事 態ですね」 「何がだ?」 「朝比奈さんも単独で動いているわけではなく、我々の『機関』のような仕組みになって るのでしょう。そこで今回の出来事の意見が分かれており、結果、今回の時空改変は歴史 が持つ多様性のひとつ、許容範囲内の変化だったと結論づけたのではないでしょうか?」 「なんだそれは? ずいぶん勝手な話じゃないか。そもそも今回の時空改変はオレとハル ヒが結婚するかしないか、だろ? それはちょっとした歪みとかじゃなくて、未来におけ る決定的な違いを生み出すんじゃなかったのか?」 これじゃまるで、朝比奈さんが所属する組織の上が、オレらの敵対勢力の肩を持つよう なもんじゃないか。おかしくなってる未来をまともな形にするために、オレたちはこうや って過去までやってきて……まとも? ……なら、本来、朝比奈さんが知っている未来と、今こうしておかしくなっているとい う未来の違いってなんだ? オレとハルヒが結婚するかしないかで、未来が無視できない ほどの決定的な違いってなんだ? 朝比奈さんが「禁則事項」と言った、その答えはなん なんだ? 「あなたと、涼宮ハルヒの子供」 答えを言うことができない朝比奈さんに変わって、神託を下す使徒のように長門は告げた。 「確証はない。けれど考えられる選択肢のひとつ」 「どういうことだ?」 「あなたと涼宮ハルヒが結ばれることによって、涼宮ハルヒが有する情報創造能力がどの ように変化するか、あるいは受け継がれるか、それがわかる」 なんだそれは? 「……その考えは『機関』の中にもありました」 どこか言いにくそうに、古泉が長門の言葉を受け継いで話を続ける。 「涼宮さんは世界を創造するという、神の如き力を持っている。けれど体は生身の人間で す。いずれは老衰で、あるいは突発的な事故や病気で不帰の客となる日が必ず訪れます。 そのとき、世界はどうなるのか。何事もなく続くのか、あるいは消滅するのか、もしくは がらりと様変わりをするのか……それとも、力を受け継ぐ神の子が現れるのか」 「それが……ハルヒとオレの子供だとでも? それを言うなら……」 言っていいのか? それを、オレが。 「……何もオレとの子供じゃなくたっていいだろう。ハルヒが産む子供であれば、別にオ レじゃなくたって」 言うべきじゃなかった。口にして後悔した。オレが何を思ったのかは……まぁ、察してくれ。 「朝比奈さん、強制退去コードが発令されたとおっしゃいましたが、具体的にはどうなる のでしょう?」 オレが今、どんな顔をしているのかはわからない。ただ、古泉はオレの意見を無視して 朝比奈さんに話を戻した。 「朝比奈さんは立場上、元時間に戻らなければならないでしょうが、僕たちにまで強制力 がある命令とは思えません。僕たちが勝手に行動すること──そういうことにして、見逃 してはいただけませんか?」 珍しく古泉が悪巧みめいたことを言うが、朝比奈さんは力なく首を横に振った。 「強制退去コードが発令された以上、あたしに拒否権はありません。仮に拒否できたとし ても、あたしたち4人は強制的に元時間へ時間遡航させられます」 「……長門さん、その場合、あなたの力で時間遡航をキャンセルすることはできますか?」 「できなくはない。が、推奨はしない」 長門にしては珍しく、その表情に諦めの色が浮かんでいた。 「朝比奈みくるの所属する組織と敵対することになる」 「しかし……」 「やめとけ、古泉」 気持ちは嬉しいがな、これ以上、オレとハルヒのことで話をこじらせたって仕方がない。 下手すれば、朝比奈さんの立場がマズイものになる。 これがまぁ、運命ってヤツだ。もともとオレとハルヒの道は、高校卒業と同時に分かれ た。普通なら、もうそれっきりさ。けれどオレの場合、もう一度だけ道が交わるチャンス があっただけめっけもンさ。それでも交わることができなかったというのなら、それを運 命といわず、なんと言おうか。 それだけハルヒがオレ……たちと離れることを望んでいたってことだろう。あいつが一 人で進むべき道を選んだというのなら、追いかけるべきじゃない。 「あなたは……それでいいんですか?」 「いいも悪いも、もう何もできることはないだろ。オレだって……」 そうさ。オレだって出来ることがあるのなら、なんとかしたい。けれど時間がない。で きることは何もないじゃないか。諦めたくはないが、諦めざるを得ないじゃないか。 「…………まだ……」 ポツリ、と朝比奈さんが呟いた。 「まだ、です。まだ出来ることはあります。強制退去コードが執行されるまで、まだもう 少しだけど、時間があるはずです。5分後かもしれないし、次の瞬間かもしれないけど、 まだ諦めちゃだめですっ」 「しかしですね……」 「しかしもカカシもありませんっ! キョンくん、諦めるためにこの時間平面に来たんじ ゃないでしょ? 涼宮さんとまた、会いたいんでしょ? なら、諦めないでください! あたし、イヤなんです。ホントのことがウソになっちゃうなんて、そんなの絶対イヤなん ですっ!」 朝比奈さん……。 あああああーっ、くそっ! 何をやってんだオレは!? 歳とって諦めやすくなっちまっ たか? 朝比奈さんにそんな当たり前のことをいわれなくちゃ行動できないような、マヌ ケな男になっちまってたのか? 情けないにも程がある。 「すいません、朝比奈さん。それに、長門も、古泉も。迷惑かけちまうが、勘弁してくれ!」 オレは走り出していた。普通に考えれば間に合うはずもなく、こんなことしたって無駄 で無意味なのはわかっている。 だからどうした。 無駄で無意味のどこが悪い。オレは感じたままに、感じたことをするだけだ。 立ち止まってたまるか。下を向いてどうする。あいつはいつも、くっだらないことをク ソ真面目に前を向いて、一時も立ち止まらずにやりたいことをやってたじゃないか。 思い出せ。長門が世界を改変させたとき、オレは何を考えた? どういう結論を出した? 忘れるわけがない。身の回りに宇宙人やら未来人、超能力者がふらふらしている世界を 肯定し、受け入れ、傍観者から当事者になることを選んだ。涼宮ハルヒという訳の分から ないヤツを中心に、バカ騒ぎしてやろうと決めたんじゃないか。 それを決めたのはオレだ。もう離さねぇぞ、ハルヒ。おまえが拒んだってな、オレのほ うから食らいついてやる。おまえの我が侭にはイヤってほど付き合ってやったがな、オレ と離れたいなんて我が侭だけは、大却下だっ! 「はっ……がぁっ、くそっ……」 もう汗も噴き出しやしねぇ。口の中はカラカラだ。運動不足がここに来てアダになって やがる。足の筋肉は悲鳴を上げて、目もかすみ、音もよく聞こえない。 見慣れた線路沿いの道までたどり着いた。あとはそこの角を曲がればゴールだ。ここで 立ち止まったら、二度と動けない。そんな気分で角を曲がる。 そこでオレは愕然とした。 道がない。真っ暗な闇が、そこにある。なんだコレは? どういうことだ。 後ろを振り返れば、今まで走ってきていた道が、景色が、光の粒子に姿を変えて消えて いる。角砂糖で作られた町並みが、雨に濡れて溶けていくようだ。 まさかこれが……朝比奈さんの言っていた強制退去コードの発現ってやつか? オレは ……間に合わなかったのか? 「くそっ……」 間に合わなかった。ゲームオーバーだ。コンテニューも復活の呪文もありゃしない。未 来を出し抜こうなんて、オレには過ぎた妄言だったってことか。 「認めるか……認めねぇぞ、こんなこと!」 散々走り回って、喉もカラカラで声なんて出ないと思っていたんだが、それでもオレは 叫んでいた。まだ、オレの体は声を出す気力を残していたらしい。 「ハルヒーっ!」 周囲が闇に包まれる。確かにそこにあるのは、立つことだけを許された儚げな小さい足 場だけ。それすらも、今に消え去ろうとしている。 「待ってろ、必ず会いに行くから!」 違うだろ。そうじゃない。言いたいことは、そんなことじゃない。いい加減にしろよオ レ。二十歳を過ぎて一年も経ついい大人が、言いたいこともわからないのか!? 「ハルヒ、オレは……っ!」 視界が回る。耳鳴りがする。誰かの声が聞こえた……気がする。 誰だ? 誰かそこにいるのか? そこにいるのはおまえか、ハルヒ? 手を伸ばす。その方向で合っているのかどうか、わからなくともオレは手を伸ばした。 目を見開いているはずなのに、何も見えない。闇がこれほど怖いと思ったことはなかった。 伸ばした指先に、何かが触れる。触れたような気がした。必死にそれをたぐり寄せよう ともがくが、感覚がない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだ。 不安ともどかしさで、気が変になりそうだった。 体全身の感覚がなくなる。上下感覚すら消失する。 そしてオレは──何かを手にしたのか、それとも失ったのか──それを確かめることも なく……意識を暗転させた。 ゴンッ! と、額に携帯電話がダイブしてきた衝撃でオレは目を覚ました。最悪な目覚 めに気分も落ち込むってもんだ。おまけに体全体が筋肉痛で痛むし、どうして自分がアパ ートの自分の部屋で寝ていたのかさえ思い出せない。 ──まいったな…… ご丁寧に、強制的に現代に戻されたかと思ったら、自分のアパートか。旅費が浮いて助 かった、なんて感謝するとでも思ってるんじゃないだろうな? オレはついさっきまであったことを、すべてしっかり覚えている。人を引っ張り回すだ け引っ張り回して、こっちが何もできないのをいいことに、無理矢理元の時間に戻された 恨みを忘れてたまるか。 オレに感謝されたいんだったらな、せめてその記憶もしっかり消してくれ。 「くそっ……」 ここまで自分が無力だと思い知らされた日はなかった。泣くべきか叫ぶべきか、それす らもわからない。眠りを妨げた携帯電話を手にとって、八つ当たり気味に投げ捨てようと 思ったそのとき、ふと画面を見れば、おびただしい量の着信履歴があることに気付く。 履歴は、朝比奈さん6割、古泉3割、長門1割ってとこか。留守電にも、各々コメント が入っていた。いちいち紹介するのも面倒臭い。ざっくばらんに紹介すれば、朝比奈さん は謝罪、古泉は慰め、長門は……相変わらず、何が言いたいのかさっぱりだが、まぁ、慰 めてくれているんだろう。 魂の抜け殻になった体は、各々のコメントをただ適当に聞き流していた。 ため息しか出ない。 どんな慰めや謝罪の言葉をもらったところで、誰に当たり散らせばいいってもんでもな い。この結果になったのはハルヒが望んだからであり、オレの力不足のせいでもある。 遠いな、ハルヒ。 おまえがこんな遠くに感じたのは初めてだ。おまえと離れたこの三年間、そんなことを 微塵も思ったことはないし考えたこともないが、今は無性におまえが遠くに感じる。 「……ん」 三人のメッセージを聞きつつ、頭の中ではハルヒのことを考えていたオレは、おそらく 最後に録音されていたであろうメッセージで、ふと現実に引き戻された。 これまで散々録音されていた三人それぞれの声が、そのメッセージで途切れた。何も喋 ってねぇ。留守録に切り替わると同時に切ってやがる。 イタズラ電話か、間違い電話か。 どっちだっていいさ。用があるヤツなら、メッセージのひとつも入れておくだろう。 携帯を投げ捨て、煙草に手を伸ばし、火を点ける。紫煙を燻らせ、テレビを付けると、 朝のワイドショーがやっていた。丁度朝の八時か。 コメンテイターが「ゴールデンウイークが終わって今日から仕事の人も……」などと、 どうでもいい前振りをしている。 だからどうした。そろそろ将来のことを見据えて仕事選びを始めたオレなんて、毎日が 暇つぶしみたいな……なんだって? 今、なんて言った? オレはテレビにかじり付く。ええい、おっさんのドアップなんぞ映さなくていい。今日 が何日なのか教えろ。って、そうか、携帯を見ればいいのか。 放り投げた携帯を拾い上げて、カレンダーを見る。間違いない、疑念が確信に変わった。 今日は、朝比奈さんの電話でたたき起こされてハルヒが起こした時空改変を修正するた めに過去へ旅立ったその日だ。 それが何を意味するのか? 答えはシンプルだ。けれど、その計算式は複雑極まりない。 答えはわかっているが、その説明ができない。 先に答えを出しておこう。 時間がズレしている。 それしかない。それで間違いないし、それ以外にあり得ない。 本来なら……というか、オレの記憶が正しければ、これから古泉に連れられて田舎に戻 り、長門のマンションから三年前の過去に旅立つはずだ。 しかしそれは、もう過ぎたことになっている。 何故それがわかるのか。 決まっている。朝比奈さんや古泉、長門からの留守録メッセージが、事の終わりを告げ ているからだ。この日、オレの記憶では「今日、過去に行って失敗する」という、その規 定事項はすでにクリアされている。 どういうことだ? 何がどうなっている? すべての出来事が1日ズレていることに… …どんな意味があるんだ? そのことを説明できるのは……あいつしかいない。 オレはすぐに電話をかけた。コールを待つまでもなく、すぐに繋がる。電話の前で待機 してたんじゃないかと思える速さだ。 「すまん長門、オレだ。ちょっと混乱してるんだが……」 『わかっている』 説明が短く済んで助かる。こいつにも、すべてわかっているんだな。それとも、この存 在しない一日をくれたのは、おまえか? 『わたしは何もしていない。今日は、すべての人々にとって当たり前の一日。昨日という 過去が今日という今になった、平穏な日常。あなたにとっても、そう』 当たり前の一日だって? 今のオレにとっちゃ、奇妙で非日常的な一日でしかないぞ。 『違う』 長門はオレの言葉を否定する。 『今日はあなたが知っている平穏な一日。あなたが本来存在する、今の時間。誰にも邪魔 はできない。わたしがさせない。だから──』 長門は同じような言葉を繰り返し、しばし口を閉ざしたかと思うと、最後に一言だけ付 け加えた。 『──待っている』 がちゃり、と通話は切られた。長門から受話器を置いたのだろう。もうそれ以上、話す ことはないと言いたげだ。 ──いや、違うな。話すことがないんじゃない。話せる言葉がないんだ。 あれが長門の精一杯だ。何かしらの制限を受けているのか、それとも適切な言葉が思い 浮かばなかったのか……どちらにしろ、長門はオレに答えを伝えている。 オレが存在する時間。当たり前の日常。そして、存在しないはずの一日。 大丈夫だ、長門。おまえは本当に頼りになるヤツだよ。おまえのメッセージはいつもあ やふやだが、伝えたいことはしっかり伝えてくれることを、オレは知っている。そしてち ょっと考えれば、すぐにわかる答えばかりだったよな。 オレはシャワーを浴びてから身支度を調え、乏しい財布の中身を見てため息を吐いてか ら、外に出る。 今日が昨日から続く当たり前の日常だと言うのなら──行くべき場所は、一カ所しかない。 小春日和の天気とは言え、夜になるとまだまだ寒くなる。筋肉痛プラス新幹線移動のひ どい仕打ちでへばっているオレの体は、ゆるゆると続く路線脇の道を歩くだけでも悲鳴を 上げそうだった。 時折過ぎていく電車は、ドップラー効果を残して消えていく。次第に人気の失せていく 道に、北高のセーラー服姿の似合う朝比奈さんを背負って歩いた思い出が蘇る。 過去を懐かしむことができるのは、大人の特権か。 昔を思い出してため息を吐くなんて、昔は年寄りじみて自分はそうなりたくないと思っ ていたが、逆に今は振り替える思い出があることを誇りに思う。 その誇りも、ただ日々を積み重ねてきただけで培われるものじゃない。自分から前に出 て行動しようと思ったからこそ、作り出すことのできた思い出だ。 「おい」 おまえの思い出だってそうだろ? オレなんかじゃ比べものにならないバイタリティ で、いつもオレの手を引っ張って良くも悪くも行動を起こしてたよな? そこの──鉄格 子をよじ登ろうとしているお姉さん。 「なによっ」 そいつはポニーテールの髪を揺らし、貫くような視線をオレに向けた。 既視感を覚える。 三年か。そういえば前も三年の差があったな。これはあのときの再現なのか……なら、 次に出てくるセリフもわかってる。 「なに、あんた? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」 こういうのも、以心伝心というのかね? 嬉しいと思うべきか、嘆かわしいと感じるべ きか、答えは保留にさせてくれ。 「おまえこそ何をやってるんだ?」 「決まってるじゃない、不法侵入よ」 そう言って、二十歳も超えて立派な成人になったってぇのに、鉄扉の内側に飛び降りて、 閂を固定していた南京錠をはずした。その鍵、まだ持ってたのか。 鉄扉をスライドさせて6年前のように──こいつにしてみれば、もう9年も前の話か──手 招きをして、自分はさっさとグラウンドに歩いていった。 これでオレも不法侵入の共犯者か。 肩をすくめて後に続くと、そいつは満点の星空の下、グラウンドの真ん中で空を見上げ ていた。七夕と違うのは、この空の明るさか。この辺りも都会になったと思っていたが、 東京に比べると星の数が段違いだ。 「ねぇ、宇宙人っていると思う?」 空を見上げたまま、そう聞いてきた。 「いるんじゃねぇの?」 「じゃあ、未来人は?」 「いてもおかしくないな」 「超能力者は?」 「そんなもん、そこいらにゴロゴロしてるさ」 「ふーん」 気のない返事をして、空を見上げていた視線を足下に移す。吹き抜ける風が、束ねた髪 を凪いで駆け抜ける。その表情は、笑顔とはほど遠い。 想起する時間はここまででいいだろ? 「悪かったよ」 オレはその姿に謝罪した。 これでも急いで来たつもりなんだ。あっちこっち寄り道して、長門からヒントをもらって、よ うやく今日のこの日、この瞬間にたどり着くことができた。 オレにとっての日常。当たり前の平穏。それは、宇宙人や未来人、超能力者と訳の分か らん事態に巻き込まれて、その中心にいる唯我独尊の団長さまを心配する一日。 そして、ズレた今日が過去になった今という現実。存在しない一日という奇跡を残して おいてくれたのは──おまえだよな、涼宮ハルヒ。 ようやく、おまえを見つけることができたよ。 「三年も待たせて、悪かった」 「まったくね。ま、あんたの遅刻癖はいつものことだけどさ」 怒るでも呆れるでもなく、ハルヒはそう言った。どこか遠くを見ているような、けれど その目はオレを見ているのではなく、違う何かを見ている。 「この三年間、どうだった?」 「別に。どーってことない毎日だったわ。そこそこ楽しくて、まぁまぁつまんなくて…… そういうあんたはどうなのよ」 「あり得ないことが連続の、非日常だったよ」 それは揶揄でも誇張でもない、事実あり得ない日々の連続だったさ。毎日決まった時間 に目を覚まして大学に通い、その後バイトに行って疲れて帰ってきて寝る。 あり得ないだろ? 高校時代のオレの日常からは、かけ離れた生活じゃないか。近くに 宇宙人も未来人も超能力者も──ハルヒすらいない日々なんだぜ。 そんな世間一般の平凡な生活を送るハメになったのも、おまえがオレを見捨てようとし たからなんだ。分かってるのかよ? 「なんでオレたちから離れようと思ったんだ?」 「……別にそんなこと、思ってない」 はぁ~っ、とオレはため息を吐く。 そうだな、おまえはオレたちから離れようなんて微塵も思っちゃいなかっただろうよ。 ただ、今のはオレの聞き方が悪かっただけだな。訂正しよう。 「なんでオレから離れようと思った」 オレはそこまで鈍感じゃないんだ。おまえは確かに長門や朝比奈さん、古泉と離れたい とは思っていなかっただろうが、オレとはどうだ? 距離を置こうとしてたじゃないか。 そりゃないぜハルヒ。オレを巻き込んだのはおまえの方だってのに、なのに見捨てるな んて酷すぎるじゃないか。 「あたしが……あたしであるために……かな?」 ハルヒは淡々とそう告げた。 意味わかんねぇよ。おまえはいつもおまえで、そのままだったじゃないか。オレが側に いてもいなくても涼宮ハルヒだったじゃないか。だったら、オレが側にいることを許して くれてもいいじゃないか。 「違うわよ。あたしは、あんたがいたから『あたし』だったの」 そう断言した。断言してから、一瞬迷うように視線を泳がせて、言葉を続ける。 「中学の時はずっと一人で好き放題やってて、周りから孤立してた。高校でも、そうだと 思った。けど、あんたがいてくれた。あんたは嫌々だったかもしれないけど、それでも引 っ張るあたしに『やれやれ』って顔しながら、それでも着いてきてくれて……それが嬉し かった。あんたがいたから、あたしは一人じゃないって思えたし、笑っていることもでき た。でも」 ハルヒは、心の中の澱んだものを一緒に吐き出すかのように吐息を漏らした。 「もし、あんたがいなかったらあたしはどうなってたと思う?」 貫くようなハルヒの視線。その視線には、何の感情も込められていなかった。喜びも悲 しみも、怒りも哀れみもない。いや、もしかするとすべての感情がごちゃ混ぜになってい るからこそ、オレにはわからなかっただけかもしれない。 「そして気づいちゃった。あんたがあたしを守ってくれて、笑うことを許してくれて、支 えてくれてたんだって。そんなあんたがいなくなたら……あたしはどうなるの? あたし を生かしてくれていたあんたがいなくなったら……あたしはあたしじゃなくなるの? そ んなことないって思った。思いたかった。だから」 それが、オレから離れた理由? それを本気で言ってるのか、ハルヒ。おまえはそれで いいかもしれないが、ならオレの気持ちはどうなる? 自分勝手も過ぎるってもんじゃないか。 「あたしが何も知らないとでも思ってんの? あんた、いっつも額にしわ寄せてさ、すっ ごく大変で困ったこと抱えてますって顔してたじゃない」 オレ、そんな顔してたのか。確かに毎日そんな気分だったが、自分じゃまったく気づい てなかった。そうだな、ハルヒは勘の鋭いヤツだから、気づかれていてもおかしくはない。 「あたし、あんたの力になりたかった。あたしに何かできることがあるのかわからないけ ど、それでも力になりたかった。なのにあんた、何も話してくれなかったじゃない。手を 差し伸べることさえ許してくれなかった」 「それは……違う。オレは、」 「あんたが抱え込んでた不安って、あたしのことなんでしょ?」 オレは、何も言えなかった。オレが抱え込んでいた懸案事項は、確かにハルヒのこと。 それが間違っていないからこそ、何も言えなかった。 「あたし、あんたの重荷になんてなりたくない」 揺るがない意思。挑むような言葉。こいつの頑固さは今に始まったことじゃないし、思 い込みの激しさも並じゃない。一度口にした言葉が覆ることもない。 それが真実の言葉なら。 「ウソはやめろ」 今の言葉のすべてがウソだとは言わない。ハルヒの偽らざる本心であることもわかって いる。けれど、その土台となる思いがウソなら、それは見かけ倒しの本心だ。根本にある 思いを偽っている限り、オレが簡単に騙されると思うな。 こいつは三年前の高校卒業のときに、オレに本心を見せていた。告白したことや、キス してきたことじゃない。すべて吹っ切ったように見せた笑顔でもない。 最後の言葉だ。 あれが、おまえの偽らざる本心じゃないか。 「覚えているか? おまえ、オレに『じゃあね』って言ったんだ。『さよなら』じゃなく て『じゃあね』って。何もかも吹っ切ったように見せて、告白してキスまでして、それで も最後の最後でおまえは『さよなら』が言えなかったんだ」 だから、今がある。この日、この場所で出会うことができた。 「ハルヒ」 オレはハルヒの手を取って、抱き寄せた。 いつもこいつの方から手を差し伸べていたけれど、オレはいつも振り払っていたのかな。 悪かったよ、そんなつもりはなかったんだ。それでも今日だけは、今だけは、オレの方か ら差し伸べる手を振り払わないでくれ。 「おまえ、卒業のときに『オレの気持ちなんてどうでもいい』とか言ってたな。ひどいじ ゃないか。自分だけ言いたいこと言って、オレには何も言わせてくれないのか」 「……なによ」 「オレは、おまえと離れたいなんて考えたことは一度もない」 「…………」 そうさ。オレはそんなことを本気で考えたことなんて、一度もないんだ。 間違えるな。ハルヒに辛い思いをさせていたのはオレなんだ。意識的にしろ、無意識的 にしろ、傷つけていたのはオレのほうだ。 そして、それを気づかせてくれたのもハルヒだ。 それも忘れるな。ハルヒがオレと出会って変わったって言うのなら、オレもハルヒのお かげで変わることができた。おまえが隣にいることが、オレにとっての日常であたりまえ なんだ。もうこれ以上、無意味でつまらん非日常なんて送りたくはない。 だから、言わせてくれ。 「おまえが好きだ」 「……そんなの……とっくにわかってたわよ、このバカっ!」 絞り出すような声。微かに肩が震える。それでもコイツのことだ、泣いちゃいないだろ う。泣きじゃくるハルヒなんて、想像もできやしない。 「そうか、わかってたか」 今更だが──オレにも三年って時間が必要だったんだよ。そのくらい、察してくれ。 「三年じゃないわ」 ハルヒはそう言うと、ポケットから色あせた便せんを取り出した。ああ、すっかり忘れてた。 「あたしにとっては、中学から今日までの、九年越しの思いよ」 「そりゃまた……気の長い話だな」 「待たせたのはあんたでしょ」 「いや待て。それはジョン・スミスだろ? オレじゃない」 「あんたがジョン・スミスでしょ?」 「いや……まあ」 「それとも、キョンって呼ぶべき?」 こいつの意地の悪さは承知しているが、ここまでとは想定外だ。 「こんな時くらい、ちゃんと本名で呼んでくれ」 「本名……ねぇ」 ハルヒは──本当に久しぶりに──白鳥座α星の輝きのごとき笑顔を浮かべ、底意地が 悪く口元を釣り上げてから「あんたの本名なんて忘れちゃったわ」と言って……オレの反 論なんぞ受け付けないとばかりに唇を重ねてきた。 それは冗談だよな? まさか本当にオレの本名を忘れてるわけじゃないよな? もし忘 れてるってんなら……まぁ、いいか。 それでごまかされるのがオレらしい役どころだろ。 エ ピ ロ ー グ 後日談を語るほど、まだ日は経っていない。語るべきことは何もなく、あとは口を閉ざ すべきかもしれないが、一言だけ付け加えるのが筋というものか。 あの存在しない一日が朝比奈さんが言うところの「オレとハルヒが入籍する日」らしい が、だからと言って勢い余って役所に駆け込むほど、オレもハルヒもテンションは高くな い。いやまぁ、ハルヒはそんな気満々っぽかったが、オレは東京で大学に通い、ハルヒは 地元の大学で考古学の勉強に精を出しているわけだし、距離は相変わらず離れているが、 それも大学を卒業するまでの話だから、ということで引き留めた。卒業したら……さて、 どうなるのかね? 朝比奈さんの真似をして「禁則事項」とでも言っておこうか。 そんな朝比奈さんは、この間の一件のせいもあってか、もっと立場が上の人間になろう と努力しているようだ。あなたなら成りたい人になれますよ。 厄介なのは古泉だな。事の顛末を知ったあいつは、肩をすくめて「まだ僕の副業は続き そうですね」などとほざいた。何がどう続くのか問いつめたいところだが、ま、その笑み が作り物っぽくなかったから許してやるが。 事が終わって一番苦労しているのは長門かもしれない。なにしろあいつはハルヒと同じ 大学だ。この前、電話で報告したときなんぞ「知ってる」とすでに把握済みの上に「涼宮 ハルヒに聞いた」と続け、最後に──これはオレの気のせいかも知れないが──ため息を 吐いたような気がした。 それがオレの気のせいならいいが……ハルヒ、おまえはオレがいないところで長門に何 を吹き込んだんだ。一万五千四百九十八回くらい同じ夏を繰り返してようやく、つまらな さそうにする長門に、ごく普通の日常会話で呆れを感じさせる話をしつこいくらい繰り返 したのか? ……考えるのはやめておこう。むしろこれから考えるのは、東京に遊びにくるハルヒを 迎えに行ったその後だ。今回ばかりは遅刻するわけにもいかない。 携帯を手に取り、メールを確認すると「到着10分前には待ってること。遅れたら罰金 だからね!」と着信があった。 わかってるよ。散々待たせたんだからな、今回ばかりは遅れるわけにはいかない。 遅れるといえば、何故ハルヒが五月のゴールデンウィーク明けまで待っていてくれたの か後になって分かった。 過去においてオレが、というかジョン・スミス名義で投げ込んだ手紙は、高校卒業の三 月のこと。それから二ヶ月も過ぎていたのに、あいつは存在しない一日を作ってまでオレ を待っていたのには、ちゃんと理由があるんだが……その理由が意味不明だな。 ジョン・スミスと会った七夕でも、高校を卒業してオレと決別しようとした日でもなく、 あいつが選んだその日が──オレと普通に会話を始めた日だなんて、わかるわけないだろ。 さて、そろそろハルヒがやってくる。驚いたことに、あいつのほうから宇宙人や未来人、 超能力者についてオレを問い質したりしてこないんだが……話をしてやるべきかな? そ れとも、あいつが持ち込む厄介事に巻き込まれることを懸念するべきか。 ま、どっちでもいいさ。 それが、オレが散々苦労して取り戻したごく当たり前の日常や──ハルヒの笑顔につな がるならね。 〆
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第六章 やろうと思えば、何でも出来るもんだ。 簡単に俺はシャミセンの体を乗っ取った。 どうでも良いが、動きづらい。 俺は、再び学校へ向かう。 今頃昼休みだろう。 途中、ある2人が目に入る。 制服を着た髪の長い女性とにやけ面のハンサムボーイ。 よく見えない。もっと近きへ行く。 「今回は、大変な仕事だったらしいね。古泉君。」 「えぇ、それは大変でしたよ。鶴屋さん。 準備から実行まで、かなりの金額と時間と労力を費やしました。 あなたの御父上には、大変なご迷惑をかけました。感謝しますよ。心の底から。」 「あたしに感謝を言われても困るよっ。見ての通り、あたしゃめがっさ怒ってるんだからね。」 何を怒ってるんだろうか。鶴屋さんは、怖いオーラを発していた。 絶対に近寄ってはならない。そんな雰囲気だった。 古泉は、顎に手をあて、顎を撫でるような格好をする。 口元は笑っているが、目は、じっと鶴屋さんを凝視している。 険悪なムードが漂う。 「こんなっ、こんなことっ許されると思ってるのかいッ!!!」 「申し訳御座いません。」 「あたしは干渉しない。いや、したくない。 でもッ!!! 行動しなきゃ、誰かを失うって初めて知ったよ。これだけは、言っておく。 誰が見ても、これは、倫理的な道程からは、外れてる。間違った行為さっ。」 「責任は取るつもりです。僕なりのね。」 「死んで詫びるなんて、言わないでよ。 それは、逃げるに他ならないんだからさっ。」 「分かりました。」 「………あたしは今から、学校に戻るよ。勉強しなきゃ。 次に誰かに手を出したら、あたしがキミを止めるからねっ。」 鶴屋さんは、走って帰って行ってしまった。 古泉は、しばらく呆けていた。 「そろそろ、僕も帰りますかね。」 「みゃー。」 待ちな、古泉。 「これはこれは、彼の家の猫。えっと、シャミセンでしたね。」 急に古泉は考えて、笑い出した。 「くっくっく、長門さんのおっしゃる通りですか。」 「みゃー。」 どういうことだ? 「申し訳ありませんが、あなたの言葉は私には、解りません。 放課後、部室へ来て下さい。全てお話しします。」 そう言うと、古泉は帰って行った。 どうやら長門は、猫である「俺」が来るのを予期していたらしい。話が早くて済む。 放課後 「みゃー。」 「来ましたね。」 校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 「ごごごごごごごめんなさいキョン君。何も言えなくて。」 朝比奈さんは、俺を抱きしめ、謝った。俺、一生猫のままで良いかも。 「行きましょう。長門さんが待っています。」 そのまま部室へ向かった。朝比奈さんの感触が気持ちいい。至福の時とは、まさにこのことだ。 部室へ入る。 「待っていた。」 「みゃー。」 話してもらおうか。 「分かってる。」 「長門さん。通訳をお願いします。」 「必要ない。」 長門は、俺の首に何かをかける。 「何だ?k……うぉ!?喋れる!!」 「猫用バイリンガル装置。」 「ふぇー、ドラ●もんみたいですね。」 「今回の事は、深く謝る。」 「反対勢力の暴走だろ?仕方ないさ。」 「違う。」 は? 「ユダはわたし達。全勢力があなたと涼宮ハルヒを抹殺する計画をした。」 おいおい、冗談は顔だけにしまじろう。 「な、どうして…?」 「わたしの場合は新たな情報爆発の期待。きっかけを作ったのは、わたし達情報統合思念体。 有機生命体の一般に「恋愛」と呼ばれる感情を利用し、新たな情報爆発を期待した。 しかし、失敗に終わった。彼女が情報爆発を行う機会は格段に増えたが、リスクもまた、高い。 彼女の力は落ち着いてはいるが、力自体は衰えてはいない。 むしろ、より強力な物へと変貌している。 一歩踏み違えば、地球だけではなく、宇宙空間まで被害が及ぶ。 情報統合思念体は失望し、『扉』である涼宮ハルヒ『鍵』であるあなたを抹消する方向で計画を続けた。」 「わたしの場合は未来の固定化です。今回の事件を邪魔する人の足止めをしたそうです。」 「機関の方では、最近無意識に発生する閉鎖空間の対処が不可能になりました。 神人の異常増加が原因です。進行の速さは緩やかなのですが、このままでは、いずれ世界は改変されます。 対抗策として、谷口君などを利用し、彼女の錯乱状態を抑えようとしましたが、逆に拍車を加えました。 閉鎖空間の拡大する速さが異常なまでに速く、神人の対処もままならぬ状況でした。 結果、涼宮さんを抹殺する事を上が決定しました。」 「…………」 言葉が出なかった。 俺とハルヒは、こいつらの謀略にはめられたのだ。 こんな事許せるもんか。絶対許さん。 「ごめんなさい。ごめんなさいキョン君。」 朝比奈さんは崩れ落ちるように、床に顔を伏せた。 「泣いたって無駄ですよ。後の祭です。話は終わったな。俺は逝くぜ。」 「待って。」 小さな手が俺の尻尾を掴む。 「何だ?」 「あなたは、わたし達に言うべき言葉があるはず。だからこそ、ここに来た。違う。」 確かにその通りだ。しかし、 「今更お前らに話して何になる。」 「話して。」 「ふざけるな。こんな所に居てたまるか。帰るぞ。」 「離さない。」 「なら、シャミセンから出ていけば良いだけだ。じゃあな。」 「不可能。」 長門の言葉通り、俺はシャミセンから出れなかった。 「あなたが猫に憑依した行為は、本来してはいけない。 それを解くことが出来るのは、この中でわたしだけ。」 つまり、俺がシャミセンから出れないで困ると想定済みという訳か。 「そう。」 やれやれ、長門さんには、かないませんよ。 「今から、あなたを解き放つ。じっとして。」 「最後に良いか?」 「何?」 「おばけの俺は、お前には、見えないのか?」 「否、見える。」 俺が死んだ後、お前が来た時、近くにいたが、 まさか、気づかなかったなんて長門らしくないな。 「気付いてた。しかし、涼宮ハルヒもいた。 この場合、無理に言葉を交わさないのが妥当であると判断。」 なるほど。もう一つ。 俺をハルヒの夢に招待した理由が解らん。 わざわざ喜緑さんと古泉を用意してまで、朝倉を倒す芝居をする必要は無いだろう。 何故、一気に俺とハルヒを殺らなかった? 「何の事?」 長門の手が止まる。 「僕も知りません。」 おいおい、冗談キツいぞ。 「本当。した記憶は無い。」 何だこの違和感。どこかで感じた記憶がある。 「詳しく話して頂けますか?」 俺は、ありのまま話した。 ハルヒの夢に送られた事。 朝倉が出現した事。 朝倉の言葉「真実」「終わらせない」 勿論、俺がハルヒに不覚にも「愛おしい」と言った事は内緒である。 「あなたの言葉が本当なら、この世界は偽りの世界。」 つまり、改変された世界だと? 「多分そう。あなたの話からすれば、改変したのは朝倉涼子。」 穏やかに、しかし力強く長門は言った。 「あなたを元の世界に帰還させる事も可能。」 「これは興味深い話ですね。僕も協力しますよ。」 「わ、わたしもキョン君と涼宮さんのために、働きます。」 「すまん、助かるよ。古泉、朝比奈さん。だが、良いのか?」 「罪滅ぼしですよ。もっとも、これで償えるとは、思っていません。」 「それでも、有り難いよ。」 「但し100%戻るとは、限らない。」 「構うもんか。やってみるさ。」 「あなたが元の世界に戻ったとしても、あなた達が幸せになるとは、限らない。 他の勢力に狙われているのは当然。今回同様わたし達が敵に回る事もある。 あなたは一人でも、彼女を護れる?」 「…………。」 単純に考えれば答えはNOだ。 桁違いの頭脳と力を持った勢力とただの凡人一人が戦っても勝てるはずがない。 簡単に言うと、戦闘力5の地球人とフリーザ一味である。 「考える時間はまだある。ゆっくり考えて欲しい。それと一応、あなたが帰る準備をしておく。」 「分かったよ。気長に考えるさ。まだ、時間は残ってる。」 「次に来る時は、涼宮ハルヒと一緒に来て欲しい。」 「ハルヒ?」 「どうしても必要。」 「分かった。それとよ、何故俺の記憶だけ残っている?」 「解らない。だが誰かがあなたを守った可能性が高い。」 「そうか。まあいいや。」 「では、離す。」 スッとする気分と共に、目の前が真っ白になった。 目の前には朝比奈さん、長門、古泉がいた。 「じゃあな。」 長門にしか聞こえない言葉を吐き捨て、俺は部室を後にした。 家に着くとハルヒがいた。何しに来やがった。 「暇だから、来てやったわ。」 「俺は忙しかったがなぁ。」 「忙しい?あんたが?どこ行ってたの?白状しなさいよ。」 まずい。口が滑った。長門達に会いに行ったなんて言えないぞ。 「し、親戚の家にも行って来たのさ。」 「本当?それにしては、帰りが早くない?怪しいものね。」 「本当だとも。顔見てすぐ帰って来た。」 「まあいいわ。今更、どうこう言える立場じゃないし。 それよりキョン!!あたし暇なの。どっか行きましょうよ。」 「思い出巡りでもしょうか。」 「過去を振り替えるのは嫌。前をだけを見て行動したいの。」 俺達に未来は無いようなものなのだがな。 ハルヒには、思い出したくもない過去があるのだろう。 わざわざ俺がハルヒの傷をいじる必要はない。 「おし、映画でも見るか。」 「映画ならいいかな。」「じゃあ、行くか。」 「競争よ。キョン。」 ハルヒはふわっと浮かび上がり、繁華街の方へと飛んで行った。 「待てよ。」 俺も必死になって追いかける。 楽しい。今、俺は人生(死んでるけど)で一番幸せなのかも知れない。 誰にも邪魔をされず、平和で、近くには俺を導くハルヒがいる。 ここは、天国のような世界なのか。 気付いたら映画館だった。 「どれ見るか?」 「そうねえ。あれがいい。」 ハルヒが選んだのはSF映画だった。 ハルヒが好みそうな、いかにも宇宙人や超能力者が出てきますよ的な映画だった。 「入るか。」 「待って!!」 ハルヒは、俺の腕を引き寄せ、俺の腕と絡ませた。 「少しは、あたしの夫らしくしなさいよ。」 夫!? 「もう、婚約したのと一緒よ。夫婦なの。」 ふふふと笑いながら、ほんのり顔を赤らめるハルヒ。 俺は、かなり恥ずかしい。多分、顔が真っ赤だね。 周りに霊感の強い人が見ていたらどうしようかと思う。 どうしようも無いが……… 「タダで入るなんていい気分ね。VIP客みたい。」 俺は、罪悪感でいっぱいだった。小銭を探したが無い。 あっても払う気はないし、払えるわけもない。 映画はあまり面白い代物ではなかった。 ハルヒなんて、途中から眠っている。 なんか俺も頭がぼーっとしてきた。 俺は元の世界に戻りたい。 あいつが起こす問題。 それを試行錯誤し、解決する俺達。 ハルヒが消失した日。 あの時はそう思い、エンターキーを押したはずだったよな。 だけど………… だけど…… だけど!! もう疲れた。 横には、ハルヒの寝顔。性格とヘンテコな能力さえ除けば、ただの可愛い少女だ。 「あなたは一人でも、彼女を護れる?」 頭に響く言葉。 「否、俺はハルヒを助ける力なければ、気力も無い。」 虚しく呟く。 映画はいつの間にか、エンディングに入る。 綺麗な曲が流れ出した。 俺は、何故此処にいる。 朝倉は俺に何を望む。 己の無力さを教える為か? 俺はともかく、ハルヒまで殺す利点は何だ? 解らない。 俺は何をすれば良い? 「あれ、終わったの?映画。」 「ああ、起きたか。」 「帰ろっか。」 「そうだな。」 「おんぶ。」 「は?」 「何度も言わせるな!!おんぶよ。おんぶ。」 「はいはい。」 「今日は一緒にいよっか。」 「ダメ。家に帰りなさい。」 「だって暇なんだもん。どうせ幽霊だから、誰とも話せないし。」 俺にはシャミセンがいるけど。 そういえば、シャミセン連れて帰るの忘れた。 今頃どうしているだろうか。 「ね。いいでしょ?」 「わかった。わかった。」 家に帰って驚いた。 「お帰りなさい。」 「「え゛!?」」 シャミセンと長門がいたのだ。 長門は俺達が見えてるんだよな。 「ちょ……ハルヒがいるんだぞ。」 「好都合。」 「ちょっとキョン。これは何!?不倫?不倫なのね!?」 「MAMAMA待てハルヒ!!誤解だ。ご懐妊だ。」 時既に遅し。くだらない駄洒落を言うや否や、ハルヒの連続グーパンチが飛んでくる。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ。」 「痛い、痛い!!長門!!何とか言ってやれ。」 「………自業自得。」 どう見ても長門です。本当に有難う御座いました。 「あれ?何で有希としゃべってるの?」 今頃気付くな。 「わしもおるぞ。」 「ひっ!!猫がしゃべった?」 シャミセン。お前もか。 第七章へ
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●序 あたしはいつだって退屈していた。 クソみたいな学校と家の往復、腐って潰れて、枯れたような乾いた生活。繰り返す現実。 SOS団も(自分で作っといて何だけど)最近微妙。パターン化される日常に何を見る? どっちにせよ終わってる、そう気づいたら走っていた。どこに向かう? 知ったこっちゃない。 あたしの脳内広辞苑を全力で捲ったけど、「逃亡」って言葉しか見当たらなかった。 うん、じゃあそれで。ああ、そうそう。あんたも来るのよ? ねえキョン。 涼宮ハルヒの逃亡 ●第一部 時間ってのはどうしたって非情なもんで、黙ってても進んでても同じだけ経つ――それならできる限り遠くへ行こう。 それがハルヒの弁だった。俺はあくびが出た。 「真面目に聞きなさい! いい? 不思議なことを見つけるまでどこにも帰らない!」 どこへも? 家にも、学校にもか。親御さんが心配するんじゃなかろうか。大体、それを何で俺にわざわざ伝えるんだ。 今ハルヒは俺の家にいる。日曜の午後、吸い込まれるような眠気が俺を誘っていた。よし寝るぞと決意した瞬間にハルヒは俺の部屋のドアをぶち破っていた。 「わかってないわね、あんたも行くのよ! じゃなきゃわざわざ来たりしないわ!」 俺も? おい、俺は退屈してないぞ。たった今だって、お前みたいな不思議な思考の仕組みをした奴に出会っている。調査終了ではなかろうか―― 「いいから聞きなさい! あんたはSOS団結成のきっかけなのよ? いわば創立メンバーじゃない。そんなあんたが来なくて誰が行くっていうのよ?」 現実的ではなかった。おそらくあてのない旅に出る、といった感じなのだろう。だが旅費もなければ足もない。加えて俺には意欲がない。 お前が一人で行けば良いだろう。頼むから俺に面倒を持ち込むのは勘弁してくれ。俺が今欲しいのは睡眠時間であって、厄介事じゃないんだ。おやすみ。 「寝るな! 大体今は夏休みよ? 行くところもないでしょ? じゃあ来なさい!」 確かに、今年は旅行の予定もない。家の都合で帰省もしない。つまり暇だ。だが、暇というのは必ずしも退屈とは結びつかない。 「そういうわけで無理だ、ハルヒ。大体計画もないだろう?」 「計画ならちゃんと考えてあるわよ! 見なさいこれを!」 取り出したるはA4サイズのノートだった。表紙にはやたら大きく、乱暴な筆致で「逃亡計画」と書かれていた……逃亡? 「そう、逃亡。日ごろのしがらみや、退屈で平凡で飽き飽きするありふれたつまらない日常からの逃亡! ゴールはあたしが満足したらね」 お前の日常はよっぽど終わってるんだな。ところで、お前が満足しない限り終わらないというのはどうか。 「でも、ちゃんと計画はしてあるわ。まずヒッチハイクをします」 一行目から無計画さが漂ってるぞ! ヒッチハイクなんて今時、しかも日本じゃ無理だ。 「うるさい!成功するの! それで、どっか適当なところで下ろしてもらいます。そして不思議を探します」 はぁ……考えが突飛すぎるなぁ。それで? 「終わりよ。悪い?」 お前なあ。そもそも……いや、何も言うまい。言ったら負けだ。 というか、詳しい計画について反論したら計画そのものは認めてる形になるからな。 「だめだ。危ない。無計画だし、帰ってこれるのかもわからん。金もない」 「あんたは本当に何もわかっちゃいないわね……世の中お金じゃないのよ」 「あって困ることはないだろ」 「なくて困ることもないわ」 それはある! この前もコンビニで……いや、それはいい。古傷が痛む。 「まあ、どうしても必要ならクレジットカードがあるから」 「何!? お前……金持ちか?」 「親はね。あたしはそうでもないけど。でもまあ、カード持たせるぐらいだから割とそうかもね」 「……」 ふとドアが開き、母さんが入ってきた。 「あら、いらっしゃい涼宮さん」 「どうもお邪魔してます、おば様」 気色悪いぞ。普通にしろ……ぐわぁっ!? ハルヒの肘が俺の腹をえぐった。く……重いの持ってやがる……! 「実はおば様、今度キョン君と旅行に行くんです。宜しいでしょうか……?」 「あらあら、いいわね。ぜひ連れてってやって。この子ったら、家でごろごろしてばっかりでねぇ……」 「ありがとうございます、おば様。明日から出発するのですが、キョン君に用意をさせてくださいね」 「ちょ、ちょっと待て……ぐふうっ」 もう一発。鳩尾はよせ……! 「あら、急なのね。わかった、用意させるわ。ほらあんた、ぼさっとしてないで」 「ちょっと母さん……」 「では私これで失礼いたしますわ、御機嫌よう」 「待てハルヒ……!」 「ほら何やってるの、バッグ出しなさいバッグ」 母さん! ちくしょう、親公認で俺はあいつの気まぐれにつきあわにゃいかんのか! ああ神様助けて――おっと、神様はあいつだったか。くそ、八方塞りだ! 俺は満足に祈ることすらできないのか? 俺の夏を返せ!
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ふじおかはるひ 自作 ライトノベル『涼宮ハルヒの憂鬱』の主人公は涼宮ハルヒですが、 漫画『桜蘭高校ホスト部』の主人公で、割った花瓶の弁償のために ホスト部に入部した人物といえば誰でしょう? (2009年8月3日 『さいあんせいあん』「 どげきゅーん 」) タグ:漫画 Quizwiki 索引 な~ほ